手紙
2010.12.26 01:00|20巻スキマ|
配付元: kara no kiss 様
50音・26文字お題 単語50よりお借りしています。
遅れてしまいましたが、クリスマスのお話です( ´艸`)
よろしければお付き合いください♪
3
50音・26文字お題 単語50よりお借りしています。
遅れてしまいましたが、クリスマスのお話です( ´艸`)
よろしければお付き合いください♪
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入江直樹様
拝啓 ここ数日、東京は随分と気温が下がり手袋が欠かせなくなりましたが、神戸は如何ですか?入江くんは変わらずお元気ですか?
・・・なんて、あらためてこんな事を聞いたら、『毎日電話してくるくせに』と言う呆れた入江くんの声が聞こえてきそうな気がします。 けれど、手紙の書きはじめはやはり『元気ですか?』だと思うのでこうしてみました。 言うまでもないけれど、私は元気だよ。
入江くんにあらたまった手紙を書くのは、たしか高校のときに初めて書いたラブレター以来だよね。
勿論、誕生日やバレンタイン、それからクリスマス・・・、何かイベントがあるたびにメッセージカードは書いているけれど、こうして便箋にしたためるのは本当に久しぶりなのでとても緊張しています。 口調もいつもとなんだか違うし、実は今ここまで書くのにさえ何度も書き直していたりしていたりします。
さて、私の誕生日からはや2ヶ月が経ちましたが、あの時は2人で過ごせてすごく嬉しかったです。 その後、入江くんは益々忙しく過ごしていることだと思います。 私もあれ以降は、試験があったり看護実習があったりと慌しい日々を過ごしていました(それでも電話は欠かさずしているけど)。 毎日の課題をこなすだけでも私には正直大変なのに、今は国家試験の勉強も平行してやらなきゃいけないから本当に目が回りそうです。2週間後にはまた学内模試があるし。 でも、入江くんは研修医で私よりもっとハードな毎日を送っているんだし、何よりも来年の春を入江くんと一緒に迎えるため、頑張っています。 看護科の仲間も、なんだかんだ言いつつも勉強に付き合ってくれています。
今日は大学の講義の後、ウィンドウショッピング出かけました。たまには息抜きも必要だってモトちゃんに誘われたの。確かに、良い気分転換になった気がします。
最近大学と家との往復ばかりで気づかなかったけれど、街はいつの間にかクリスマスモード一色になっていました。そういえば、昨日から12月に入ったもんね。
日が暮れると点灯されたイルミネーションがとても綺麗で、2人してはしゃいでしまいました。私とモトちゃん、どちらが入江くんと一緒に見られるかって言い合いになったんだよ。まったく、入江くんの奥さんは私なのに、失礼しちゃうわよね。
クリスマス―、入江くんはやはり仕事ですか?
この前会った時、“試験が終わるまでは会わない”って約束したから、今は我慢の時期だと肝に銘じています。だけど、せめてプレゼントはと思い今日選んで来ました。この手紙と同封した包みがそうです。
クリスマスに届くように送ろうかとも考えたのだけど、最近寒くなってきたし、早い方が沢山使ってもらえるかなと思いフライングしてみました。
中身はもう見てくれましたか?我ながら良い物が見つかったと思っているのだけれど、入江くんも気に入ってくれるといいな・・・。
念のため、私にはプレゼントなんて気にしないでね!入江くんは忙しいだろうし。
ただ、ひとつお願いを聞いてもらえたらなぁ、なんて。
あの・・・、入江くんも一度、私に手紙を書いてくれませんか?この手紙の返事でもいいし、全く違う話でもいいし・・・、入江くんが忙しいのは分かっているんだけど、ほんの一言でもいいから。 だから、良ければ考えてみてください。
今、時計は午後11時を過ぎました。 暖房は入れているけれど、夜はこうしてペンを握っていると少し手が悴みます。これから益々寒くなっていきそうですが、どうか体調には気をつけてね。風邪ひいたりしないでね。
さぁ、これからもうひと踏ん張り試験勉強をしようと思います。次に会うときは、合格の知らせを必ず持っていくから! だから入江くん、待っていてね。
かしこ
追伸: 到着の連絡をもらえると嬉しいです。
入江くん、大好き。
琴子
* * * * * * *
12月24日、クリスマスイブ―。
日の暮れかけた斗南大学食堂は、人気もまばらで寒々としていた。
「ったく、アンタって子はほんと馬鹿よねぇ・・・」
正面で脇目も振らず参考書にかじりついている琴子に、幹は眉根を寄せ呟く。少しでも琴子が元気を出すようにと皆のカンパのもと注文されたパフェは、今やドロドロと無残に溶け始めていた。
「とにかく今は休憩なさいよ。そんなに必死に参考書を見返しても、さっき返ってきた模試の結果が変わるわけじゃないんだから」
「う、ん・・・。だけどこのままじゃあたし・・・、一人だけ試験に合格できなくなる・・・」
幹の忠告に生返事する琴子の声は暗い。それもそのはず、先日行われた模試の結果は、現状のままでは国家試験合格には程遠いという悲惨な判定内容だったのだ。何をどうしてそんなに間違えてしまったのか、参考書をブツブツと必死に読み上げる琴子の表情はやや青白い。
「だから何度も『我慢せず、一度神戸に行ってきなさい』と言ってやったのに。アンタの場合、模試の結果云々よりもまずはモチベーションなのよ。最後に入江さんと逢えた日から計算すれば、そろそろアンタが“入江さん欠乏症”になることくらい、今までの経験からして皆分かっていたんだから」
「そうそう。まったくモトちゃんの言うとおり」
幹に同調するのは真里奈だ。
「琴子の入江さんメーターって、ほんと驚くほど分かりやすいもんねぇ。そして一度ガス欠したら最後、勉強どころか日常生活にまで支障をきたし始めるしね~。無駄な努力はやめて逢ってきなさいよ。入江さんだって今更琴子が不意に現れたって、『ああ、またか』くらいにしか思わないわよぉ」
「そうね。入江さんにさえ会えれば、琴子さんもまた集中して勉強できるようになるだろうし・・・」
普段は一見はおとなしく見える智子でさえも、今日は小さく毒を吐く。つまり、それほどに今回の琴子の成績は深刻な内容だったのだ。
「ち、違うもん・・・。あたしは・・・、入江くんに会えないから落ち込んでるんじゃないもん」
琴子は力なく彼女らの意見を否定する。が、この返事の正確性は半々といったところか。
「へぇ、じゃあ一体どうしてそんな顔をしているのよ。そういえば琴子、今月の半ば頃まではすこぶる調子よく勉強していたわよね。それに、もうすぐ入江さんからいいものが届くとかなんとか言ってなかったっけ?
グズグズと鼻を鳴らしながら言い訳する琴子を横目に、幹はカフェオレを啜る。すると琴子はびくりと肩を震わせ、唇を噛みしめた。
「つまり、今日になっても入江からはその“お届けもの”はお前の元にやって来ていないってことだな?気にするなよ。入江ならさもありなんだろ」
「もう、啓太ったら、また入江さんの事をそんな風に言って。琴子さん、気にしちゃだめよ。入江さんはきっとすごく忙しいのよ・・・」
「え~?いくら入江さんが忙しいと言ったって、まるで時間がないって事はありえないでしょ~?プレゼントを選んで送る時間位、いくらだって捻出できるはずよぉ?」
三者三様、口々に好きなことを言う友人たち。幹はチラリと彼らに目を遣るとまた琴子に向き直った。
「だけど珍しいわね、琴子が入江さんにプレゼントをねだるなんて」
「ああ、そう言われればそうね」
幹の科白に真里奈たちもふと思い返す。確かに今まで、琴子が直樹に贈り物をねだるところなど見たことはない。すると琴子はまた首を横に振って、プレゼントをねだっている訳ではないと否定した。
「「「じゃあ、一体何を待ってるっていうの!?」」」
「そ、それは・・・、手紙」
やや苛立ちを見せ始めた友人たちの強い口調に、琴子は渋々ちいさな声で答えた。その意表をついた返事に、友人たちは皆一様に驚いた表情で顔を見合わせた。
「琴子~、それはプレゼントよりも寧ろ難しいんじゃない?だって、あの入江さんに手紙をねだるなんて」
真里奈は溜息混じりに言うと「ねぇ?」と幹に同意を求める。幹は少し返事に窮したが、やがて琴子に向き直ると口を開いた。
「琴子、その手紙をお願いしたのって一体いつの話?」
「ん・・・。ほら、この前モトちゃんと一緒に出掛けた時、あたし、入江くんへのクリスマスプレゼントを選んでいたしょう?それを送った時」
「ああ・・・。それってけっこう前の話よね。たしか、翌日には送ったって言ってたっけ」
「うん。朝大学に来る途中のコンビニで出したよ」
「成程ね・・・」
幹はパラパラと手帳を捲る。几帳面な幹のマンスリースケジュールの12月2日の部分には、『琴子とCAFE』と記されている。つまり、遅くともその後数日の間には直樹の手元に荷物は届いていたはずだ。
「入江さんとは勿論その後も電話くらいしているのよね?」
「うん。それは勿論」
琴子は頷くと、漸く顔を正面に向けた。そして、堰を切ったように、事の顛末を語り始めたのだった―。
「・・・ふぅん。つまり、入江さんは琴子の望みどおり、手紙をくれると約束してくれたって訳よね?」
話を聞き終えた幹は琴子に念押しして確認する。
興奮気味でなんとも分かりにくい琴子の説明だったが、要はクリスマスプレゼントを神戸に送った際、琴子は直樹にお返しの手紙をねだったらしい。そして、直樹は仕方なしだったにせよ、返信を約束したのだという。
勢いよく話し終えて漸く人心地がついたのか、琴子は大きく息を吐き出すと弱弱しく頷いた。
「でも・・・、今日まで毎日ポストを確認したんだけれど、それらしき形跡はいつも無くて」
目を伏せる琴子の表情はまさに悲しみに暮れていて、看護科の仲間は皆少し同情する。グリーティングカード程度のもので良いと言う琴子の願いすら直ぐに聞き入れてやらない直樹は、今更ながら冷たいと思う。
「だけど・・・、まだ今日はイブだから。家に帰ればもしかすると届いているかも」
「・・・もし届いていたら電話してくれるようにおかあさんにお願いしているの」
「う・・・、そ、そうなの・・・」
フォローの甲斐空しく、智子はそのまま言葉を濁す。
本当に直樹は手紙を送る時間が無いほど忙しいのか。それとも、適当に返事を出すと答えただけだったのか―。
「ご、ごめんねっ。せっかくのクリスマスイブにこんな暗い話をして。パフェも奢ってもらったのに、こんなドロドロにしちゃって。あ、でもきっと味は美味しいよね。これから食べさせてもらおうっと・・・!」
琴子は慌てて元気そうな声を出すと、そのドロドロになったパフェにスプーンを入れクリームを掬い取った。
「・・・大丈夫、入江くんはきっと忙しいの。それに、こんな理由で勉強が手につかなくなるなって、そっちの方がおかしいんだよ。だからあたし、また今夜からしっかり勉強する。だから皆、ありがとね」
「琴子・・・」
クリスマスイブにこんな無残な姿のスウィーツを口に運びながら微笑む琴子の姿は痛々しく、見守る4人は掛けるべき言葉を見つけられない。そしてなんとなく気まずい雰囲気のまま各々の予定に合わせて解散することとなった。
* * * * * * *
今年の入江家のクリスマスパーティは、家族のみのささやかなパーティだった。
「琴子ちゃん、ここはもういいわ。先にお風呂入ってらっしゃい」
紀子が中心で腕をふるったディナーを終え、キッチンで食器の片づけをしていた琴子に紀子が声を掛ける。琴子はにっこり笑ってエプロンを外した。
「琴子ちゃん、今日はケーキはもういらないの?」
紀子は心配そうに尋ねる。
琴子が直樹からの手紙を心待ちにしていた事情を知っている紀子は、大学から帰ってきてからも悲しみや怒りをまるで見せない琴子が余計に気掛かりだった。
少しでも琴子が苦しそうな顔をすれば、いつものように息子を罵り気にするなと琴子の背中を押すのだが・・・。琴子がそんな様子を微塵も見せない限り、出娑張るべきではないと紀子は自重していたのだった。
「はい。実は帰ってくる前にパフェを食べちゃって・・・ごめんなさい」
琴子はペロっと舌を出しつつ返事する。
いつも自分の味方をしてくれる義母に、今夜いつも以上に気を使わせてしまっている事は、痛いほどに分かっていた。 が、平静を装うことが傷口を拡げない一番の方法だと本能で感じ取っている琴子は、決して弱みを表に出そうとはしない。
「明日食べたいから、残しておいてもらえますか?」
「ええ、それは勿論いいけれど・・・。琴子ちゃん、大丈夫・・・?」
「はい!ただちょっと模試の成績がイマイチだったから、お風呂からあがったらまた勉強し直さないと」
今日くらいは休んでもと心配する紀子に平気だと言い残し、琴子はゆっくりと入浴することにした。
入江家の大きな浴室の窓ガラスは湯煙で曇っているので見えないが、今、外では白い粒がしんしんと雪が降り始めていた。ホワイトクリスマス・・・、神戸でも雪は降っているのだろうか―。
「さぁて・・・と。勉強しなきゃ、ね」
風呂から上がった琴子は、寝室に置かれた大きな机に向かうとデスクライトを点灯した。
まずは試験で間違えた部分の復習からと決めると、鞄の中から一式を取り出す。参考書を開くとそこには、夏休みや誕生日に直樹が書き込んでくれたポイントが所狭しと綴られている。
「入江くんの字だぁ・・・」
琴子は呟くと、そっとその筆跡を指でなぞった。
まるでその完璧主義な性格を具現化したような直樹の字は、思い返せば高3の頃からずっと琴子の教科書や参考書に几帳面に綴られていた。 初めて肩を並べて試験勉強を見てもらった夜などは、どれほど緊張しながら書き込まれていく文字を目で追ったことだろう。
「あーあ、やっぱり入江くんからの手紙が欲しかったな・・・」
一人きりになったこの部屋で、琴子は漸く正直な気持ちを言葉にする。
― なんでそんなに手紙が欲しかったの?
「だって、手紙を書くときって、その相手のことを沢山思いながら文字を綴るでしょう?」
― そんなことしなくても、いつも考えてる。
「うん・・・、そりゃああたしはそうだけど」
琴子は目を瞑ると小さく溜息をつく。
「でも、入江くんはきっと違うから。毎日考えなきゃならないことが沢山沢山あって、泊り込んでいるときなんてすっかりあたしのことなんて頭から抜け落ちていると思う。勿論、それは仕方の無いことだと思うし、患者さんのことを一番に考える入江くんを尊敬している。だけど・・・、ほんの少しの時間でも、あたしのことだけを思ってくれている時間があるということを形に残してほしいなぁって思ったんだ。そしたら・・・、あたしにとって何よりのクリスマスプレゼントになるから」
― じゃあ・・・、本人が逢いに来たとかいうのはプレゼントにはならない?
「・・・まさか。もしもそんな事があったら、それ以上のプレゼントなんてないよ。だけど、あるわけないじゃない?今もきっと病院なんじゃないかな。連絡もないし」
「ふぅん・・・、じゃあ今お前は誰と会話しているんだ?」
「それは勿論心の中の入江くんと・・・って・・・ええ・・・!?」
琴子はパッと目を開けると慌てて後ろを振り返った。
そこには――、見紛うことなく、本物の直樹が立っていた。
「ど、ど、どうしてここに入江くんが――!?」
「ん?手紙を届けに・・・と言ってやりたいところだけど。実際は違って師事する教授の出席する学会に同行して横浜に来ていたんだ。で、明日は休みだからこっちに帰って来たっていうわけ」
直樹は淡々と答えながら琴子の座っているデスクの方へと歩いてくる。
「あの・・・。い、いつから後ろにいたの?」
椅子に座ったまま、うんと見上げて尋ねながらも、琴子は今ここに居る直樹が本物だとは俄かに信じられない。が、確かに直樹は琴子の傍に立って自分を見下ろしているのだ。
「やっぱり手紙が欲しかった、ってお前が言うところから。入ってくるなり恨み節かと思ったよ」
直樹がクスリと笑う。その表情に、琴子は漸く少し現実感が沸いてくるのを感じた。
「ねぇ入江くん。あれ、使ってくれている・・・?」
琴子は期待に満ちた目で直樹を見つめる。 直樹はボストンバックに手を伸ばすと、徐にファスナーを開けた。
「ほら。分かる?もう何度洗濯したかな」
そう言いながら直樹が取り出したもの―、それは、モスグリーンのフランネルでできたパジャマ。それは今年のクリスマスにプレゼントにと、琴子が選んだものだった。
「よかった、ちゃんと使ってくれているんだね」
しっかりと愛用してくれている様子が分かり、琴子は溢れんばかりの笑みを零す。
「・・・でもお前、なんで自分の分まで一緒に送ってきたの?」
直樹は続けて鞄の中に手を入れると、今度は同素材の赤色のパジャマを取り出した。それはモスグリーンのものよりも随分と小さい、一見で女性用と分かるもの。
「えっと、それは・・・、あたしが神戸に行ったときにお揃いで着られるかと思って」
琴子ははにかみながら答える。が、直樹は首を振るとそれを琴子に手渡した。
「それはお前がこっちで着ろよ」
「え、なんで・・・?あたしのものがあると入江くん、迷惑・・・?」
琴子は戸惑いながら尋ねる。すると直樹は「ある意味、な」と苦笑した。
「このパジャマが目に入るたびにお前が連想されて正直困る。つい、お前が此処に居ないことに無性に腹をたててしまう」
「入江くん・・・、うそ・・・」
惚けたように直樹を見つめる琴子は、驚きを隠せない。
まさか直樹の口からこんな事が聞けるとは・・・、今直樹から飛び出した言葉は、クリスマスの魔法ではないかとさえ思ってしまう。けれど今、自分の姿を瞳に映している直樹は笑って「本当」と答えるのだった。
「それに、あっちにパジャマを置いていてもどうせ無駄だろ?」
「え、そうかな?」
直樹の言葉に琴子は首を傾げる。確かに暫く自分が神戸に行くことは無いだろうが、国家試験の結果が出る頃は、まだこのパジャマを着られるはず。 すると直樹はクックと肩を震わせて笑った。
「よく考えてみろよ、琴子。お前、あの部屋でパジャマ着て寝たことあったか?」
「え・・・?あっ、そ、そういえば―」
直樹に指摘され琴子はハッとする。言われてみれば直樹の部屋に滞在中、琴子はパジャマを必要としたことが無い。なぜなら、二人はいつも素肌で抱き合ったまま眠りにつくから――。
「わ、分かった・・・。これはこっちで着るね///」
琴子は大人しく引き下がるとパジャマを手に立ち上がる。そして直樹のパジャマの隣に並べると満足げな笑顔を見せた。
「ほら、見て入江くん。これ、クリスマスカラーなんだよ」
「ああ。お前らしいと思ったよ」
直樹と琴子は顔を見合わせクスリと笑う。
「ねぇ入江くん、今日はこれ着て一緒に寝ようよ。まさにクリスマスイブにピッタリだよ」
「それは無理」
直樹は即効で却下する。
「え~、どうして?いいでしょ~?だって暫くお揃いでは着られな・・・」
「バーカ」
頬を膨らませて抗議する琴子の科白は、直樹の唇によって中止を余儀なくされた。
「ったく、よく考えろ。今日もこれは必要ないだろ・・・?」
熱い目で見つめられた琴子はコクリと頷く。確かに今夜ほどパジャマが無用な夜は無いだろう。
2人は見詰め合うと再び唇を重ね合わせた。そして直樹の指はゆっくりと琴子のパジャマのボタンを外してゆく―。
並べられたままの2人のクリスマスカラーのパジャマ―。
琴子はまだ気が付いていないが、その赤のパジャマの上着のたたみ目の部分には、直樹がこっそり仕込んだ小さなグリーティングカードが差し込まれている。 そこには琴子が昔から良く知る、几帳面な直樹の文字が1行したためられていた。
そこに書かれた言葉――、それはまさに今の2人のためにある言葉だ。
『All I Want For Christmas Is You』
聖なる夜に、最上のプレゼントを・・・・・。
『身長』の続きも書かねばならないのですが、どうしても書きたくてこちらを優先してしまいました(苦笑)
神戸編は、「・・・ん、ばいばい」を書いたときにもう2人を逢わせることは無いと思っていたのですが、すごく素敵な神戸編のクリスマスの二次創作を読ませていただいて、俄然妄想が活発になってしまい、ついついまたイリコトを逢わせてやってしまいましたγ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ
(藤夏様、本当にありがとうございました!!)
いつもより入江君が甘いのはまさにクリスマスマジックです。
お粗末さまでした(;´▽`A``
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入江直樹様
拝啓 ここ数日、東京は随分と気温が下がり手袋が欠かせなくなりましたが、神戸は如何ですか?入江くんは変わらずお元気ですか?
・・・なんて、あらためてこんな事を聞いたら、『毎日電話してくるくせに』と言う呆れた入江くんの声が聞こえてきそうな気がします。 けれど、手紙の書きはじめはやはり『元気ですか?』だと思うのでこうしてみました。 言うまでもないけれど、私は元気だよ。
入江くんにあらたまった手紙を書くのは、たしか高校のときに初めて書いたラブレター以来だよね。
勿論、誕生日やバレンタイン、それからクリスマス・・・、何かイベントがあるたびにメッセージカードは書いているけれど、こうして便箋にしたためるのは本当に久しぶりなのでとても緊張しています。 口調もいつもとなんだか違うし、実は今ここまで書くのにさえ何度も書き直していたりしていたりします。
さて、私の誕生日からはや2ヶ月が経ちましたが、あの時は2人で過ごせてすごく嬉しかったです。 その後、入江くんは益々忙しく過ごしていることだと思います。 私もあれ以降は、試験があったり看護実習があったりと慌しい日々を過ごしていました(それでも電話は欠かさずしているけど)。 毎日の課題をこなすだけでも私には正直大変なのに、今は国家試験の勉強も平行してやらなきゃいけないから本当に目が回りそうです。2週間後にはまた学内模試があるし。 でも、入江くんは研修医で私よりもっとハードな毎日を送っているんだし、何よりも来年の春を入江くんと一緒に迎えるため、頑張っています。 看護科の仲間も、なんだかんだ言いつつも勉強に付き合ってくれています。
今日は大学の講義の後、ウィンドウショッピング出かけました。たまには息抜きも必要だってモトちゃんに誘われたの。確かに、良い気分転換になった気がします。
最近大学と家との往復ばかりで気づかなかったけれど、街はいつの間にかクリスマスモード一色になっていました。そういえば、昨日から12月に入ったもんね。
日が暮れると点灯されたイルミネーションがとても綺麗で、2人してはしゃいでしまいました。私とモトちゃん、どちらが入江くんと一緒に見られるかって言い合いになったんだよ。まったく、入江くんの奥さんは私なのに、失礼しちゃうわよね。
クリスマス―、入江くんはやはり仕事ですか?
この前会った時、“試験が終わるまでは会わない”って約束したから、今は我慢の時期だと肝に銘じています。だけど、せめてプレゼントはと思い今日選んで来ました。この手紙と同封した包みがそうです。
クリスマスに届くように送ろうかとも考えたのだけど、最近寒くなってきたし、早い方が沢山使ってもらえるかなと思いフライングしてみました。
中身はもう見てくれましたか?我ながら良い物が見つかったと思っているのだけれど、入江くんも気に入ってくれるといいな・・・。
念のため、私にはプレゼントなんて気にしないでね!入江くんは忙しいだろうし。
ただ、ひとつお願いを聞いてもらえたらなぁ、なんて。
あの・・・、入江くんも一度、私に手紙を書いてくれませんか?この手紙の返事でもいいし、全く違う話でもいいし・・・、入江くんが忙しいのは分かっているんだけど、ほんの一言でもいいから。 だから、良ければ考えてみてください。
今、時計は午後11時を過ぎました。 暖房は入れているけれど、夜はこうしてペンを握っていると少し手が悴みます。これから益々寒くなっていきそうですが、どうか体調には気をつけてね。風邪ひいたりしないでね。
さぁ、これからもうひと踏ん張り試験勉強をしようと思います。次に会うときは、合格の知らせを必ず持っていくから! だから入江くん、待っていてね。
かしこ
追伸: 到着の連絡をもらえると嬉しいです。
入江くん、大好き。
琴子
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12月24日、クリスマスイブ―。
日の暮れかけた斗南大学食堂は、人気もまばらで寒々としていた。
「ったく、アンタって子はほんと馬鹿よねぇ・・・」
正面で脇目も振らず参考書にかじりついている琴子に、幹は眉根を寄せ呟く。少しでも琴子が元気を出すようにと皆のカンパのもと注文されたパフェは、今やドロドロと無残に溶け始めていた。
「とにかく今は休憩なさいよ。そんなに必死に参考書を見返しても、さっき返ってきた模試の結果が変わるわけじゃないんだから」
「う、ん・・・。だけどこのままじゃあたし・・・、一人だけ試験に合格できなくなる・・・」
幹の忠告に生返事する琴子の声は暗い。それもそのはず、先日行われた模試の結果は、現状のままでは国家試験合格には程遠いという悲惨な判定内容だったのだ。何をどうしてそんなに間違えてしまったのか、参考書をブツブツと必死に読み上げる琴子の表情はやや青白い。
「だから何度も『我慢せず、一度神戸に行ってきなさい』と言ってやったのに。アンタの場合、模試の結果云々よりもまずはモチベーションなのよ。最後に入江さんと逢えた日から計算すれば、そろそろアンタが“入江さん欠乏症”になることくらい、今までの経験からして皆分かっていたんだから」
「そうそう。まったくモトちゃんの言うとおり」
幹に同調するのは真里奈だ。
「琴子の入江さんメーターって、ほんと驚くほど分かりやすいもんねぇ。そして一度ガス欠したら最後、勉強どころか日常生活にまで支障をきたし始めるしね~。無駄な努力はやめて逢ってきなさいよ。入江さんだって今更琴子が不意に現れたって、『ああ、またか』くらいにしか思わないわよぉ」
「そうね。入江さんにさえ会えれば、琴子さんもまた集中して勉強できるようになるだろうし・・・」
普段は一見はおとなしく見える智子でさえも、今日は小さく毒を吐く。つまり、それほどに今回の琴子の成績は深刻な内容だったのだ。
「ち、違うもん・・・。あたしは・・・、入江くんに会えないから落ち込んでるんじゃないもん」
琴子は力なく彼女らの意見を否定する。が、この返事の正確性は半々といったところか。
「へぇ、じゃあ一体どうしてそんな顔をしているのよ。そういえば琴子、今月の半ば頃まではすこぶる調子よく勉強していたわよね。それに、もうすぐ入江さんからいいものが届くとかなんとか言ってなかったっけ?
グズグズと鼻を鳴らしながら言い訳する琴子を横目に、幹はカフェオレを啜る。すると琴子はびくりと肩を震わせ、唇を噛みしめた。
「つまり、今日になっても入江からはその“お届けもの”はお前の元にやって来ていないってことだな?気にするなよ。入江ならさもありなんだろ」
「もう、啓太ったら、また入江さんの事をそんな風に言って。琴子さん、気にしちゃだめよ。入江さんはきっとすごく忙しいのよ・・・」
「え~?いくら入江さんが忙しいと言ったって、まるで時間がないって事はありえないでしょ~?プレゼントを選んで送る時間位、いくらだって捻出できるはずよぉ?」
三者三様、口々に好きなことを言う友人たち。幹はチラリと彼らに目を遣るとまた琴子に向き直った。
「だけど珍しいわね、琴子が入江さんにプレゼントをねだるなんて」
「ああ、そう言われればそうね」
幹の科白に真里奈たちもふと思い返す。確かに今まで、琴子が直樹に贈り物をねだるところなど見たことはない。すると琴子はまた首を横に振って、プレゼントをねだっている訳ではないと否定した。
「「「じゃあ、一体何を待ってるっていうの!?」」」
「そ、それは・・・、手紙」
やや苛立ちを見せ始めた友人たちの強い口調に、琴子は渋々ちいさな声で答えた。その意表をついた返事に、友人たちは皆一様に驚いた表情で顔を見合わせた。
「琴子~、それはプレゼントよりも寧ろ難しいんじゃない?だって、あの入江さんに手紙をねだるなんて」
真里奈は溜息混じりに言うと「ねぇ?」と幹に同意を求める。幹は少し返事に窮したが、やがて琴子に向き直ると口を開いた。
「琴子、その手紙をお願いしたのって一体いつの話?」
「ん・・・。ほら、この前モトちゃんと一緒に出掛けた時、あたし、入江くんへのクリスマスプレゼントを選んでいたしょう?それを送った時」
「ああ・・・。それってけっこう前の話よね。たしか、翌日には送ったって言ってたっけ」
「うん。朝大学に来る途中のコンビニで出したよ」
「成程ね・・・」
幹はパラパラと手帳を捲る。几帳面な幹のマンスリースケジュールの12月2日の部分には、『琴子とCAFE』と記されている。つまり、遅くともその後数日の間には直樹の手元に荷物は届いていたはずだ。
「入江さんとは勿論その後も電話くらいしているのよね?」
「うん。それは勿論」
琴子は頷くと、漸く顔を正面に向けた。そして、堰を切ったように、事の顛末を語り始めたのだった―。
「・・・ふぅん。つまり、入江さんは琴子の望みどおり、手紙をくれると約束してくれたって訳よね?」
話を聞き終えた幹は琴子に念押しして確認する。
興奮気味でなんとも分かりにくい琴子の説明だったが、要はクリスマスプレゼントを神戸に送った際、琴子は直樹にお返しの手紙をねだったらしい。そして、直樹は仕方なしだったにせよ、返信を約束したのだという。
勢いよく話し終えて漸く人心地がついたのか、琴子は大きく息を吐き出すと弱弱しく頷いた。
「でも・・・、今日まで毎日ポストを確認したんだけれど、それらしき形跡はいつも無くて」
目を伏せる琴子の表情はまさに悲しみに暮れていて、看護科の仲間は皆少し同情する。グリーティングカード程度のもので良いと言う琴子の願いすら直ぐに聞き入れてやらない直樹は、今更ながら冷たいと思う。
「だけど・・・、まだ今日はイブだから。家に帰ればもしかすると届いているかも」
「・・・もし届いていたら電話してくれるようにおかあさんにお願いしているの」
「う・・・、そ、そうなの・・・」
フォローの甲斐空しく、智子はそのまま言葉を濁す。
本当に直樹は手紙を送る時間が無いほど忙しいのか。それとも、適当に返事を出すと答えただけだったのか―。
「ご、ごめんねっ。せっかくのクリスマスイブにこんな暗い話をして。パフェも奢ってもらったのに、こんなドロドロにしちゃって。あ、でもきっと味は美味しいよね。これから食べさせてもらおうっと・・・!」
琴子は慌てて元気そうな声を出すと、そのドロドロになったパフェにスプーンを入れクリームを掬い取った。
「・・・大丈夫、入江くんはきっと忙しいの。それに、こんな理由で勉強が手につかなくなるなって、そっちの方がおかしいんだよ。だからあたし、また今夜からしっかり勉強する。だから皆、ありがとね」
「琴子・・・」
クリスマスイブにこんな無残な姿のスウィーツを口に運びながら微笑む琴子の姿は痛々しく、見守る4人は掛けるべき言葉を見つけられない。そしてなんとなく気まずい雰囲気のまま各々の予定に合わせて解散することとなった。
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今年の入江家のクリスマスパーティは、家族のみのささやかなパーティだった。
「琴子ちゃん、ここはもういいわ。先にお風呂入ってらっしゃい」
紀子が中心で腕をふるったディナーを終え、キッチンで食器の片づけをしていた琴子に紀子が声を掛ける。琴子はにっこり笑ってエプロンを外した。
「琴子ちゃん、今日はケーキはもういらないの?」
紀子は心配そうに尋ねる。
琴子が直樹からの手紙を心待ちにしていた事情を知っている紀子は、大学から帰ってきてからも悲しみや怒りをまるで見せない琴子が余計に気掛かりだった。
少しでも琴子が苦しそうな顔をすれば、いつものように息子を罵り気にするなと琴子の背中を押すのだが・・・。琴子がそんな様子を微塵も見せない限り、出娑張るべきではないと紀子は自重していたのだった。
「はい。実は帰ってくる前にパフェを食べちゃって・・・ごめんなさい」
琴子はペロっと舌を出しつつ返事する。
いつも自分の味方をしてくれる義母に、今夜いつも以上に気を使わせてしまっている事は、痛いほどに分かっていた。 が、平静を装うことが傷口を拡げない一番の方法だと本能で感じ取っている琴子は、決して弱みを表に出そうとはしない。
「明日食べたいから、残しておいてもらえますか?」
「ええ、それは勿論いいけれど・・・。琴子ちゃん、大丈夫・・・?」
「はい!ただちょっと模試の成績がイマイチだったから、お風呂からあがったらまた勉強し直さないと」
今日くらいは休んでもと心配する紀子に平気だと言い残し、琴子はゆっくりと入浴することにした。
入江家の大きな浴室の窓ガラスは湯煙で曇っているので見えないが、今、外では白い粒がしんしんと雪が降り始めていた。ホワイトクリスマス・・・、神戸でも雪は降っているのだろうか―。
「さぁて・・・と。勉強しなきゃ、ね」
風呂から上がった琴子は、寝室に置かれた大きな机に向かうとデスクライトを点灯した。
まずは試験で間違えた部分の復習からと決めると、鞄の中から一式を取り出す。参考書を開くとそこには、夏休みや誕生日に直樹が書き込んでくれたポイントが所狭しと綴られている。
「入江くんの字だぁ・・・」
琴子は呟くと、そっとその筆跡を指でなぞった。
まるでその完璧主義な性格を具現化したような直樹の字は、思い返せば高3の頃からずっと琴子の教科書や参考書に几帳面に綴られていた。 初めて肩を並べて試験勉強を見てもらった夜などは、どれほど緊張しながら書き込まれていく文字を目で追ったことだろう。
「あーあ、やっぱり入江くんからの手紙が欲しかったな・・・」
一人きりになったこの部屋で、琴子は漸く正直な気持ちを言葉にする。
― なんでそんなに手紙が欲しかったの?
「だって、手紙を書くときって、その相手のことを沢山思いながら文字を綴るでしょう?」
― そんなことしなくても、いつも考えてる。
「うん・・・、そりゃああたしはそうだけど」
琴子は目を瞑ると小さく溜息をつく。
「でも、入江くんはきっと違うから。毎日考えなきゃならないことが沢山沢山あって、泊り込んでいるときなんてすっかりあたしのことなんて頭から抜け落ちていると思う。勿論、それは仕方の無いことだと思うし、患者さんのことを一番に考える入江くんを尊敬している。だけど・・・、ほんの少しの時間でも、あたしのことだけを思ってくれている時間があるということを形に残してほしいなぁって思ったんだ。そしたら・・・、あたしにとって何よりのクリスマスプレゼントになるから」
― じゃあ・・・、本人が逢いに来たとかいうのはプレゼントにはならない?
「・・・まさか。もしもそんな事があったら、それ以上のプレゼントなんてないよ。だけど、あるわけないじゃない?今もきっと病院なんじゃないかな。連絡もないし」
「ふぅん・・・、じゃあ今お前は誰と会話しているんだ?」
「それは勿論心の中の入江くんと・・・って・・・ええ・・・!?」
琴子はパッと目を開けると慌てて後ろを振り返った。
そこには――、見紛うことなく、本物の直樹が立っていた。
「ど、ど、どうしてここに入江くんが――!?」
「ん?手紙を届けに・・・と言ってやりたいところだけど。実際は違って師事する教授の出席する学会に同行して横浜に来ていたんだ。で、明日は休みだからこっちに帰って来たっていうわけ」
直樹は淡々と答えながら琴子の座っているデスクの方へと歩いてくる。
「あの・・・。い、いつから後ろにいたの?」
椅子に座ったまま、うんと見上げて尋ねながらも、琴子は今ここに居る直樹が本物だとは俄かに信じられない。が、確かに直樹は琴子の傍に立って自分を見下ろしているのだ。
「やっぱり手紙が欲しかった、ってお前が言うところから。入ってくるなり恨み節かと思ったよ」
直樹がクスリと笑う。その表情に、琴子は漸く少し現実感が沸いてくるのを感じた。
「ねぇ入江くん。あれ、使ってくれている・・・?」
琴子は期待に満ちた目で直樹を見つめる。 直樹はボストンバックに手を伸ばすと、徐にファスナーを開けた。
「ほら。分かる?もう何度洗濯したかな」
そう言いながら直樹が取り出したもの―、それは、モスグリーンのフランネルでできたパジャマ。それは今年のクリスマスにプレゼントにと、琴子が選んだものだった。
「よかった、ちゃんと使ってくれているんだね」
しっかりと愛用してくれている様子が分かり、琴子は溢れんばかりの笑みを零す。
「・・・でもお前、なんで自分の分まで一緒に送ってきたの?」
直樹は続けて鞄の中に手を入れると、今度は同素材の赤色のパジャマを取り出した。それはモスグリーンのものよりも随分と小さい、一見で女性用と分かるもの。
「えっと、それは・・・、あたしが神戸に行ったときにお揃いで着られるかと思って」
琴子ははにかみながら答える。が、直樹は首を振るとそれを琴子に手渡した。
「それはお前がこっちで着ろよ」
「え、なんで・・・?あたしのものがあると入江くん、迷惑・・・?」
琴子は戸惑いながら尋ねる。すると直樹は「ある意味、な」と苦笑した。
「このパジャマが目に入るたびにお前が連想されて正直困る。つい、お前が此処に居ないことに無性に腹をたててしまう」
「入江くん・・・、うそ・・・」
惚けたように直樹を見つめる琴子は、驚きを隠せない。
まさか直樹の口からこんな事が聞けるとは・・・、今直樹から飛び出した言葉は、クリスマスの魔法ではないかとさえ思ってしまう。けれど今、自分の姿を瞳に映している直樹は笑って「本当」と答えるのだった。
「それに、あっちにパジャマを置いていてもどうせ無駄だろ?」
「え、そうかな?」
直樹の言葉に琴子は首を傾げる。確かに暫く自分が神戸に行くことは無いだろうが、国家試験の結果が出る頃は、まだこのパジャマを着られるはず。 すると直樹はクックと肩を震わせて笑った。
「よく考えてみろよ、琴子。お前、あの部屋でパジャマ着て寝たことあったか?」
「え・・・?あっ、そ、そういえば―」
直樹に指摘され琴子はハッとする。言われてみれば直樹の部屋に滞在中、琴子はパジャマを必要としたことが無い。なぜなら、二人はいつも素肌で抱き合ったまま眠りにつくから――。
「わ、分かった・・・。これはこっちで着るね///」
琴子は大人しく引き下がるとパジャマを手に立ち上がる。そして直樹のパジャマの隣に並べると満足げな笑顔を見せた。
「ほら、見て入江くん。これ、クリスマスカラーなんだよ」
「ああ。お前らしいと思ったよ」
直樹と琴子は顔を見合わせクスリと笑う。
「ねぇ入江くん、今日はこれ着て一緒に寝ようよ。まさにクリスマスイブにピッタリだよ」
「それは無理」
直樹は即効で却下する。
「え~、どうして?いいでしょ~?だって暫くお揃いでは着られな・・・」
「バーカ」
頬を膨らませて抗議する琴子の科白は、直樹の唇によって中止を余儀なくされた。
「ったく、よく考えろ。今日もこれは必要ないだろ・・・?」
熱い目で見つめられた琴子はコクリと頷く。確かに今夜ほどパジャマが無用な夜は無いだろう。
2人は見詰め合うと再び唇を重ね合わせた。そして直樹の指はゆっくりと琴子のパジャマのボタンを外してゆく―。
並べられたままの2人のクリスマスカラーのパジャマ―。
琴子はまだ気が付いていないが、その赤のパジャマの上着のたたみ目の部分には、直樹がこっそり仕込んだ小さなグリーティングカードが差し込まれている。 そこには琴子が昔から良く知る、几帳面な直樹の文字が1行したためられていた。
そこに書かれた言葉――、それはまさに今の2人のためにある言葉だ。
『All I Want For Christmas Is You』
聖なる夜に、最上のプレゼントを・・・・・。
『身長』の続きも書かねばならないのですが、どうしても書きたくてこちらを優先してしまいました(苦笑)
神戸編は、「・・・ん、ばいばい」を書いたときにもう2人を逢わせることは無いと思っていたのですが、すごく素敵な神戸編のクリスマスの二次創作を読ませていただいて、俄然妄想が活発になってしまい、ついついまたイリコトを逢わせてやってしまいましたγ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ
(藤夏様、本当にありがとうございました!!)
いつもより入江君が甘いのはまさにクリスマスマジックです。
お粗末さまでした(;´▽`A``
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