天邪鬼の霍乱
2011.11.09
前回UPした「味見される飴玉」の続きです。
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母曰く、天邪鬼と称される己の性格を直樹はそれなりに自覚している。
追われれば無視し、引かれると気になる。
勿論それは対琴子限定の感情であり、且つ気になったところで、自分からモーションをかけるかどうかは更に気分次第ではあるのだが、その性格を改める気は毛頭ない。
だからその夜勉強の途中に寝室に入ったのは、ただ置き忘れた本を取りに行く為だけの筈だった。
あとはこの季節に相応しくない格好でうろついていた琴子が気になったからというのも理由と言えばそうである。
が、本当のところは――。
******
「頑張ってね」
そう言い残し琴子があっさりと出て行った時、直樹ははじめて後ろを振り返った。
― 今日はやけに聞き訳が良かったな。
首を捻りつつもさっさと机に向き直る。
医学部に復学してからもなお天才と称される直樹だが、限りない医学の知識を頭に叩き込む為にこうして過ごすのはもはや日常の事。
加えて数日後に控えた学会で教授に随伴する学生は自分だけで、この貴重な経験に向けて資料の見直しに余念が無かった。
が、そうしながらどうも琴子の事が気に掛かった。
結婚して一年、妻として少し落ち着くどころか、更にパワーアップして直樹の後を子犬のように追って来る琴子である。
特にここ数日は構ってほしい雰囲気が前面に出ていて、無闇やたらに後をついてくるため「いい加減にしろっ!」とつい雷を落としたのは今朝の話である。
だというのに、珍しく聞き分けの良かった琴子にどこか物足りなさを感じる自分を直樹は内心苦笑する。
それにしても、と直樹は資料を机に軽く投げ出すと、両手を後頭部にあてた。
― ったく、おれの心配はしておいて、自分はなんであんな格好してるんだか。
思い出すのはこの部屋を出て行った時の琴子の後姿。
「寒くない?」直樹に尋ねておきながら、当の琴子は夏と同じようなキャミソールとショートパンツという出で立ちだった。
幾ら風呂上りだったからといって、11月に入ったのに頓狂な格好をするものだと直樹はほとほと呆れてしまう。
まさかそのままの姿でいるとは思わないけれど。
然し相手がが琴子だけに、そんな常識は通じない事がある。
「・・・そういやあの本、部屋に置きっぱなしだったっけ」
誰に言い訳しているのか、直樹はごちると立ち上がった。
― やっぱり・・・。
扉を開けて直樹は肩を竦めた。
ドレッサーの椅子に座っている琴子は何やら屈み気味の姿勢をとっていて、直樹の存在にまだ気がついていない。
何をしてるのかいう疑問は、室内に漂う微かな匂いが知らせていた。
― ふぅん。こいつもこういう事するんだな。
片脚を椅子にのせ、琴子はペディキュアを施すのに夢中になっていたのだった。

取りに来た本の存在は言わずもがな、琴子の薄着を気に掛けて此処にやって来た事も構わず、直樹は暫くその様子を眺めた。
直樹の気配に気がつかない程に熱中している琴子は無防備極まりない姿で、膝があたって寄せられた小ぶりの胸がキャミソールの谷間からちらりと覗いている。
ショートパンツからは形の良い脚がすらりと伸びていて、直樹の立ち位置からはその奥が見えそうだった。
狙った行動より、無意識な仕草にそそられるのは決して一般の男性に限った話ではない。
直樹は後ろ手に扉を閉めるとゆっくりと琴子に近付いた。
「何してるんだ?」
尋ねると琴子は漸く振り返った。
何時入って来たのかと尋ねられ、直樹は今さっき、と小さな嘘をつく。
「置き忘れた資料があってね」と、付け足すのも忘れない。
「じゃあまだ暫くかかるんだ」と琴子の睫が下方に向けられる事に微かな安堵を覚えた。
「で、お前は何してたんだ?」
とうに分かりきった質問をすると、琴子は何も疑う事無く友人に貰ったお土産を試しているのだと答えた。
「どうかな?」と上目遣いに見上げる顔は、直樹の口から出るただ一言を求めているに違いない。
「どっちでもいいんじゃない」
直樹は態と答えた。
決して嘘ではない。一度塗りだろうが二度塗りだろうが直樹にはどっちだって大差なく思われる。
加えて琴子がペディキュアをするがしまいがもどちらでも構わない。
「そ、そっか・・・」
琴子は頷いたが、不満を隠しきれていなかった。
何か言いたい気持ちを隠している姿は、直樹の心の内に潜む嗜虐心を満足させ、悪戯心を擽る。
だから直樹は「飴玉みてぇだな」と素直な感想も付け加えた。
小さな足の指の爪に塗られたベリー色はをどこかそれを連想させ、さては無防備な琴子の存在そのものが同様に見えてくる。
弱い耳元に息を吹くように囁くと、琴子はひゃっと声漏らし身を竦めた。
まるで大地の風に吹かれカサカサと音を立てるはかない植物のように。
然し意地悪に問いかけに答えながら、直樹の手練に従順に反応する身体はこの一年の賜物である。
「あと少しだけ待ってて」
再び耳元で囁くと直樹はゆっくりと琴子から離れた。
飴玉は一度頬張るとなかなかやめられないもの。
「身体冷えるからベッド入っておけよ」
直ぐに脱がせる事になるパジャマを着させる必要はもはや無かった。
******
身体を合わせた後、素肌に当たるシーツは幾らか湿度が高く感じられる。
「どうして今日は構ってくれる気になったの?」
腕枕しながら柔らかい髪を弄ぶ直樹に琴子は尋ねた。
もぞもぞと動いて直樹の胸に鼻を押し付ける。
「この頃あんまり相手してくれなかったのに」
「お前がいつまでも剥れてたから」
「だって・・・、せっかく入江くんの誕生日なのに、一緒にお祝いできないなんて」
11月12日、夫となった直樹の誕生日に、本人は名古屋へ泊りがけで出掛ける事を聞いたのは数日前の事だった。
「一人で誕生日を過ごすなんて寂しいじゃない」
「別にどうってことない」
直樹はあっさり答えた。
実際拘るような性質ではないのだ。
「けど、それを言うならお前の方こそ今日はすっかり立ち直ってたじゃん。そんなに土産が嬉しかった?」
いつまでも剥れられるのも面倒だが、けろりとされるのも面白くない直樹は肩眉を上げる。
「ううん。勿論お土産は嬉しいけど、そうじゃなくて理美たちに言われた言葉が嬉しかったの」
再び友人たちの言葉を思い出した琴子はふふっと幸せそうに笑った。
「石川たちに?」
「うん。あのね、入江くんはなんだかんだ言って、そのまんまのあたしが好きなんだよね、って言われたの」
「あ、そ」
直樹は溜息混じりに短く答えた。
“なんだかんだいって”とはどういうことか。
しかもそれで此処まで喜ぶ妻もどうかと思う。
ただ、琴子の一喜一憂の根源がやはり自分にある事にはやはり安堵を覚えるのだ。
「でも嬉しいな。入江くんに気に入ってもらえて」
琴子はそう言って少し顔を赤らめた。
「大丈夫だった?変な味しなかった」
「ああ。しっかり乾いてたし、やっぱり一度塗りで良かった」
直樹はにやりと笑みを浮かべる。
「けど、味はしないんだな」
「あ、あたりまえでしょ?」
「そう?見た目は飴玉だったのに」
シーツの中で直樹の足が琴子の足の指を突く。
「やん、やめて」
直樹の咥内にそれが含まれた時の感覚を思い出し、琴子は直樹の胸を小さく叩いた。
「なんだよ。また感じてるの?」
「ち、ちがっ///」
「そういうところは素直じゃないよな」
「こういう時だけ入江くんは素直すぎるんだよ!」
ぷぅと膨れる琴子に直樹は「悪い?」と余裕の笑みを返した。
「ねぇ、それより誕生日の事」
「またその話か」
「もう、なんでそんな風に言うかな」
琴子には自分の誕生日にこれほど無関心な直樹の感覚がまるで理解出来ない。
「実はもうプレゼントは用意してあるの」
「相変わらずマメだな」
「ただね?その事でちょっとお願いがあって」
「お願い?」
直樹は怪訝な顔をした。
これまでの会話からすると唐突な話だ。一体何事だというのか。
「あのね、何を買ったか今言っちゃうと楽しみが無くなっちゃうと思うんだけど・・・」
「そんなワクワクするような歳でもなし」
直樹は肩を竦めると先を促す。
「あのね、ネクタイを選んだの」
琴子はもじもじしながら答えた。
「だから・・・」
「当日結ばせろ、ってか?」
「な、なんで分かったの!?」
「分かるだろ、普通」
驚く琴子を直樹は呆れた眼で見返した。
「いいよ」
「え?」
「いいって言ってるんだよ。昔わりと上手く結べたし?」
「えへへ・・・、うん」
直樹の言葉に琴子ははにかんだ。
直樹がパンダイに出勤する最後の日、ネクタイを結んであげたのはもうほぼ1年前の話だ。(※喉仏参照)
「ところで知ってる?」
「ん?なあに?」
「ネクタイをプレゼントしたり、結びたがる女って、独占欲が強いらしいぜ」
「え、ええっ!?」
「お前、典型だな」
自分の事を棚に上げ、直樹は狼狽する琴子を面白そうに眺めた。
「で、でも・・・間違ってはないかも」
すると琴子がポツリと言った。
「それに入江くんが欲しいものっていつも分かんなくて」
そして困ったように眉尻を下げる。
昔から一方的にプレゼントしてきたものだが、何を選ぶかにはいつも一苦労している琴子である。
今回は学会に出るというので漸く決められたのだった。
ネクタイには、留守番の自分の代わりという意味合が含まれている。
「出来ればこれからは欲しいものを教えてくれると嬉しいんだけど」
「特にないよ。だから、これからは本当にわざわざ買ったりしなくていいから」
それが本心の直樹はあっさりと答える。
「え~~、そんなぁ」
しかし琴子は口を尖らせると直樹の腕に体をすり寄せた。
そんな事言わないでと駄々を捏ねる子供のような口振りで言う。
もういい加減直樹の性格など分かっているはずなのに、琴子は直樹がプレゼントを喜んで受け取ってくれる妄想を叶えたくて仕方がなかった。
「・・・。」
一方、直樹はすっと琴子を見下ろした。
― コイツ・・・、今の状況分かっててやってるのか?
違うと承知してはいるのだが、ぎゅうぎゅうと押し付けられてくる柔らかい感触に、煽っているのかと思わず勘ぐりたくもなる。
さて、どうするか。
言うまでもなく、こういう時本人が無自覚であればあるほど、仕掛けたくなるのが直樹という人間で―。
「強いて言うならあるかな」
「わぁ、本当?なになに?」
「そんなに知りたい?」
頷く琴子に直樹は綺麗な笑みを見せる。
「じゃあ遠慮なく」
琴子の身体を器用に動かし起き上がらせると、直樹はその背後から腕を回しぎゅっと抱きしめた。
「飴玉もう一つ」
「え・・・///」
「どうもこれしか思いつかないし」
そう言ってなお腕の力を強める直樹を琴子はおたおたと振り返る。

「い、入江くんが変になった///」
「どうとでも」
「そ、そんな事言われたら断れないじゃない」
「無理にとは言わないけど?」
引く素振りを見せながら、直樹は琴子がどう答えるかを知っている。
「・・・明日の朝、ちゃんと起こしてくれるならいいよ・・・」
予想通りの返事が返って来て直樹はクスリと笑った。
「お安い御用」
そして請け負うと、琴子を自らの上に誘導したのだった。
その翌朝、直樹はきちんと約束を守ったらしい。
然し、琴子がそれできちんと起きられたのかは、また別の話である。
次は直樹の誕生日のSSの予定です(*^_^*)
この話の流れで書きますので、二人は別々に過ごすという設定です♪
裕樹くん目線でいかせていただきます。良ければまた覗いてやって下さいませ!
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母曰く、天邪鬼と称される己の性格を直樹はそれなりに自覚している。
追われれば無視し、引かれると気になる。
勿論それは対琴子限定の感情であり、且つ気になったところで、自分からモーションをかけるかどうかは更に気分次第ではあるのだが、その性格を改める気は毛頭ない。
だからその夜勉強の途中に寝室に入ったのは、ただ置き忘れた本を取りに行く為だけの筈だった。
あとはこの季節に相応しくない格好でうろついていた琴子が気になったからというのも理由と言えばそうである。
が、本当のところは――。
******
「頑張ってね」
そう言い残し琴子があっさりと出て行った時、直樹ははじめて後ろを振り返った。
― 今日はやけに聞き訳が良かったな。
首を捻りつつもさっさと机に向き直る。
医学部に復学してからもなお天才と称される直樹だが、限りない医学の知識を頭に叩き込む為にこうして過ごすのはもはや日常の事。
加えて数日後に控えた学会で教授に随伴する学生は自分だけで、この貴重な経験に向けて資料の見直しに余念が無かった。
が、そうしながらどうも琴子の事が気に掛かった。
結婚して一年、妻として少し落ち着くどころか、更にパワーアップして直樹の後を子犬のように追って来る琴子である。
特にここ数日は構ってほしい雰囲気が前面に出ていて、無闇やたらに後をついてくるため「いい加減にしろっ!」とつい雷を落としたのは今朝の話である。
だというのに、珍しく聞き分けの良かった琴子にどこか物足りなさを感じる自分を直樹は内心苦笑する。
それにしても、と直樹は資料を机に軽く投げ出すと、両手を後頭部にあてた。
― ったく、おれの心配はしておいて、自分はなんであんな格好してるんだか。
思い出すのはこの部屋を出て行った時の琴子の後姿。
「寒くない?」直樹に尋ねておきながら、当の琴子は夏と同じようなキャミソールとショートパンツという出で立ちだった。
幾ら風呂上りだったからといって、11月に入ったのに頓狂な格好をするものだと直樹はほとほと呆れてしまう。
まさかそのままの姿でいるとは思わないけれど。
然し相手がが琴子だけに、そんな常識は通じない事がある。
「・・・そういやあの本、部屋に置きっぱなしだったっけ」
誰に言い訳しているのか、直樹はごちると立ち上がった。
― やっぱり・・・。
扉を開けて直樹は肩を竦めた。
ドレッサーの椅子に座っている琴子は何やら屈み気味の姿勢をとっていて、直樹の存在にまだ気がついていない。
何をしてるのかいう疑問は、室内に漂う微かな匂いが知らせていた。
― ふぅん。こいつもこういう事するんだな。
片脚を椅子にのせ、琴子はペディキュアを施すのに夢中になっていたのだった。

取りに来た本の存在は言わずもがな、琴子の薄着を気に掛けて此処にやって来た事も構わず、直樹は暫くその様子を眺めた。
直樹の気配に気がつかない程に熱中している琴子は無防備極まりない姿で、膝があたって寄せられた小ぶりの胸がキャミソールの谷間からちらりと覗いている。
ショートパンツからは形の良い脚がすらりと伸びていて、直樹の立ち位置からはその奥が見えそうだった。
狙った行動より、無意識な仕草にそそられるのは決して一般の男性に限った話ではない。
直樹は後ろ手に扉を閉めるとゆっくりと琴子に近付いた。
「何してるんだ?」
尋ねると琴子は漸く振り返った。
何時入って来たのかと尋ねられ、直樹は今さっき、と小さな嘘をつく。
「置き忘れた資料があってね」と、付け足すのも忘れない。
「じゃあまだ暫くかかるんだ」と琴子の睫が下方に向けられる事に微かな安堵を覚えた。
「で、お前は何してたんだ?」
とうに分かりきった質問をすると、琴子は何も疑う事無く友人に貰ったお土産を試しているのだと答えた。
「どうかな?」と上目遣いに見上げる顔は、直樹の口から出るただ一言を求めているに違いない。
「どっちでもいいんじゃない」
直樹は態と答えた。
決して嘘ではない。一度塗りだろうが二度塗りだろうが直樹にはどっちだって大差なく思われる。
加えて琴子がペディキュアをするがしまいがもどちらでも構わない。
「そ、そっか・・・」
琴子は頷いたが、不満を隠しきれていなかった。
何か言いたい気持ちを隠している姿は、直樹の心の内に潜む嗜虐心を満足させ、悪戯心を擽る。
だから直樹は「飴玉みてぇだな」と素直な感想も付け加えた。
小さな足の指の爪に塗られたベリー色はをどこかそれを連想させ、さては無防備な琴子の存在そのものが同様に見えてくる。
弱い耳元に息を吹くように囁くと、琴子はひゃっと声漏らし身を竦めた。
まるで大地の風に吹かれカサカサと音を立てるはかない植物のように。
然し意地悪に問いかけに答えながら、直樹の手練に従順に反応する身体はこの一年の賜物である。
「あと少しだけ待ってて」
再び耳元で囁くと直樹はゆっくりと琴子から離れた。
飴玉は一度頬張るとなかなかやめられないもの。
「身体冷えるからベッド入っておけよ」
直ぐに脱がせる事になるパジャマを着させる必要はもはや無かった。
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身体を合わせた後、素肌に当たるシーツは幾らか湿度が高く感じられる。
「どうして今日は構ってくれる気になったの?」
腕枕しながら柔らかい髪を弄ぶ直樹に琴子は尋ねた。
もぞもぞと動いて直樹の胸に鼻を押し付ける。
「この頃あんまり相手してくれなかったのに」
「お前がいつまでも剥れてたから」
「だって・・・、せっかく入江くんの誕生日なのに、一緒にお祝いできないなんて」
11月12日、夫となった直樹の誕生日に、本人は名古屋へ泊りがけで出掛ける事を聞いたのは数日前の事だった。
「一人で誕生日を過ごすなんて寂しいじゃない」
「別にどうってことない」
直樹はあっさり答えた。
実際拘るような性質ではないのだ。
「けど、それを言うならお前の方こそ今日はすっかり立ち直ってたじゃん。そんなに土産が嬉しかった?」
いつまでも剥れられるのも面倒だが、けろりとされるのも面白くない直樹は肩眉を上げる。
「ううん。勿論お土産は嬉しいけど、そうじゃなくて理美たちに言われた言葉が嬉しかったの」
再び友人たちの言葉を思い出した琴子はふふっと幸せそうに笑った。
「石川たちに?」
「うん。あのね、入江くんはなんだかんだ言って、そのまんまのあたしが好きなんだよね、って言われたの」
「あ、そ」
直樹は溜息混じりに短く答えた。
“なんだかんだいって”とはどういうことか。
しかもそれで此処まで喜ぶ妻もどうかと思う。
ただ、琴子の一喜一憂の根源がやはり自分にある事にはやはり安堵を覚えるのだ。
「でも嬉しいな。入江くんに気に入ってもらえて」
琴子はそう言って少し顔を赤らめた。
「大丈夫だった?変な味しなかった」
「ああ。しっかり乾いてたし、やっぱり一度塗りで良かった」
直樹はにやりと笑みを浮かべる。
「けど、味はしないんだな」
「あ、あたりまえでしょ?」
「そう?見た目は飴玉だったのに」
シーツの中で直樹の足が琴子の足の指を突く。
「やん、やめて」
直樹の咥内にそれが含まれた時の感覚を思い出し、琴子は直樹の胸を小さく叩いた。
「なんだよ。また感じてるの?」
「ち、ちがっ///」
「そういうところは素直じゃないよな」
「こういう時だけ入江くんは素直すぎるんだよ!」
ぷぅと膨れる琴子に直樹は「悪い?」と余裕の笑みを返した。
「ねぇ、それより誕生日の事」
「またその話か」
「もう、なんでそんな風に言うかな」
琴子には自分の誕生日にこれほど無関心な直樹の感覚がまるで理解出来ない。
「実はもうプレゼントは用意してあるの」
「相変わらずマメだな」
「ただね?その事でちょっとお願いがあって」
「お願い?」
直樹は怪訝な顔をした。
これまでの会話からすると唐突な話だ。一体何事だというのか。
「あのね、何を買ったか今言っちゃうと楽しみが無くなっちゃうと思うんだけど・・・」
「そんなワクワクするような歳でもなし」
直樹は肩を竦めると先を促す。
「あのね、ネクタイを選んだの」
琴子はもじもじしながら答えた。
「だから・・・」
「当日結ばせろ、ってか?」
「な、なんで分かったの!?」
「分かるだろ、普通」
驚く琴子を直樹は呆れた眼で見返した。
「いいよ」
「え?」
「いいって言ってるんだよ。昔わりと上手く結べたし?」
「えへへ・・・、うん」
直樹の言葉に琴子ははにかんだ。
直樹がパンダイに出勤する最後の日、ネクタイを結んであげたのはもうほぼ1年前の話だ。(※喉仏参照)
「ところで知ってる?」
「ん?なあに?」
「ネクタイをプレゼントしたり、結びたがる女って、独占欲が強いらしいぜ」
「え、ええっ!?」
「お前、典型だな」
自分の事を棚に上げ、直樹は狼狽する琴子を面白そうに眺めた。
「で、でも・・・間違ってはないかも」
すると琴子がポツリと言った。
「それに入江くんが欲しいものっていつも分かんなくて」
そして困ったように眉尻を下げる。
昔から一方的にプレゼントしてきたものだが、何を選ぶかにはいつも一苦労している琴子である。
今回は学会に出るというので漸く決められたのだった。
ネクタイには、留守番の自分の代わりという意味合が含まれている。
「出来ればこれからは欲しいものを教えてくれると嬉しいんだけど」
「特にないよ。だから、これからは本当にわざわざ買ったりしなくていいから」
それが本心の直樹はあっさりと答える。
「え~~、そんなぁ」
しかし琴子は口を尖らせると直樹の腕に体をすり寄せた。
そんな事言わないでと駄々を捏ねる子供のような口振りで言う。
もういい加減直樹の性格など分かっているはずなのに、琴子は直樹がプレゼントを喜んで受け取ってくれる妄想を叶えたくて仕方がなかった。
「・・・。」
一方、直樹はすっと琴子を見下ろした。
― コイツ・・・、今の状況分かっててやってるのか?
違うと承知してはいるのだが、ぎゅうぎゅうと押し付けられてくる柔らかい感触に、煽っているのかと思わず勘ぐりたくもなる。
さて、どうするか。
言うまでもなく、こういう時本人が無自覚であればあるほど、仕掛けたくなるのが直樹という人間で―。
「強いて言うならあるかな」
「わぁ、本当?なになに?」
「そんなに知りたい?」
頷く琴子に直樹は綺麗な笑みを見せる。
「じゃあ遠慮なく」
琴子の身体を器用に動かし起き上がらせると、直樹はその背後から腕を回しぎゅっと抱きしめた。
「飴玉もう一つ」
「え・・・///」
「どうもこれしか思いつかないし」
そう言ってなお腕の力を強める直樹を琴子はおたおたと振り返る。

「い、入江くんが変になった///」
「どうとでも」
「そ、そんな事言われたら断れないじゃない」
「無理にとは言わないけど?」
引く素振りを見せながら、直樹は琴子がどう答えるかを知っている。
「・・・明日の朝、ちゃんと起こしてくれるならいいよ・・・」
予想通りの返事が返って来て直樹はクスリと笑った。
「お安い御用」
そして請け負うと、琴子を自らの上に誘導したのだった。
その翌朝、直樹はきちんと約束を守ったらしい。
然し、琴子がそれできちんと起きられたのかは、また別の話である。
次は直樹の誕生日のSSの予定です(*^_^*)
この話の流れで書きますので、二人は別々に過ごすという設定です♪
裕樹くん目線でいかせていただきます。良ければまた覗いてやって下さいませ!
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