::電信柱さん 4
拍手御礼画面の再掲です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



何処から飛ばされて来たのか、桃の花びらが風に乗ってひらひらと足下に落ちてゆきます。
そういえば先週は桃の節句でしたっけ。また季節は巡り春が訪れたのだとわたくしはしみじみと空を仰ぎます。


さて、そんな中今わたくしの目前では桃色の・・・いえ、寧ろ青いと表現すべき光景が展開されようとしていました。
わたくしの前で別れを惜しむように立ち止まっているのは中学生のカップル。
彼らはやがて、此処でファーストキスを取り交わそうという雰囲気になりつつあるのでした。


緊張で固くなる彼は彼女の肩にぎこちなく手を置くと少しずつ顔を近づけてゆきます。
すると彼女は瞼を閉じ彼を受け入れる姿勢を整えました。
ほどなくして彼らは無事事を成し遂げました。
触れるだけで精一杯というような、甘酸っぱいキスです。
一部始終を固唾を呑んで見守っていたわたくしは、その初々しさに頬を緩めるとほっと胸を撫で下ろしたのでした。


・・・ん?そういえば・・・・。


今更ではございますが、この女の子に見覚えがあることをわたくしは此処に来て漸く思い出しました。
そう、彼女は数ヶ月前、星占いに夢中になりながら登校していた女の子のうちの一人だったのです。
あの日入江直樹を見てキャーキャー騒いでいた彼女は、この1年近くの間に自分に見合った相手を見つけたという事なのでしょう。
時間というものは人の心を変え、逞しくさせるものなのだとわたくしは彼女を見て改めて思い知るのです。


然しそれはそれ。これはこれ。
わたくしの深い愛情はこの約一年微塵たりとも移ろう事はありませんでした。
嗚呼、琴子さん。あなたともしキスを交わせたとするならば、わたくしはどれほどの幸せを感じ得ることが出来るのでしょうか――?






数日後の朝、珍しく琴子さんと入江直樹は二人並んで駅までの道を歩いておりました。


「ねぇ、もう少しゆっくり歩かない?ほら、山本さん家の桜、とっても綺麗」

「あれは桃だ」

「うっ ちょ、ちょっと間違えただけよ」


琴子さんは顔を赤くして言い訳しますが、入江直樹はそんな琴子さんをチラリと見遣ると「バーカ」と言ってまたスタスタと歩き始めるのでした。


「あ、入江くん、待ってよ!今日くらい一緒に行こうってさっきから言ってるじゃない」

「お前に合わせてちんたら歩いてたら卒業式に遅れる」

「そ、そこまで酷くないもん」


琴子さんは頬を膨らませましたが、腕時計を確認するとそう油を売っている時間は無い事に気付き、ぱたぱたと入江直樹の元に駆け寄ると彼の歩く速度に合せて歩を早めたのでした。
そしてわたくしはと言えば、彼らの会話により今日は彼らの高校の卒業式であることを遅ればせながら知ったのでありました。



卒業式―、わたくしはこの通り電信柱でございますから、そのような式典に出席した事はありません。
然しそこはずっと此処に立ちつくして来た身ですから、毎年誰かしらが卒業式について語る姿を見聞きして、それがどんな雰囲気なのか大体のイメージ(女生徒目線)が出来上がっております。


それによるとやはり式典後の記念写真は必須のようです。
加えて意中の男性からもらう第二ボタン。
(なんでも人気のある人物の場合、ボタンは全部無くなってしまう事もしばしばなのだとか)



そしてキス。
わたくしが独自にとった統計によると、桜の木の下で交わすそれが夢見る女子の理想のようです。


わたくし、決して浪漫を語るような身の上ではありませんが、それらは青春の一ページとして時に頭の片隅から引き出されては愛しまれるものとなってゆくことは理解しているつもりです。
さて、本日琴子さんと入江直樹の間には何かドラマが用意されているのでしょうか―。





その夜、先にわたくしの前を通り過ぎて行ったのは入江直樹でした。
いつもの如く歩くスピードの速い彼は、これまたいつも通りに無表情で夜道を歩いていたのですが(勿論、一人で歩いている時にニヤニヤされても不審で仕方ないので当然なのは承知です)、然しその顔はどこか戸惑っているような、苛々しているような、どうにも形容しがたい表情を湛えているようにも見受けられました。


そして暫くしてやって来た琴子さん―。
こちらは入江直樹とは別の意味でいつも通りのゆっくりとした歩みだったのですが、なんとか前方を見てはいるものの、瞬きが少なくぽうっとした様子の琴子さんは誰が見ても戸惑い、動揺しているのが分かりました。


すると脳裏に真っ先に浮かんだのが先程の入江直樹の表情。
さては琴子さん、また彼に何か意地悪されたのかとわたくし考えましたが、然しこの様子は苛められて怒っているとか悲しんでいる風ではあらず・・・、
ねぇ琴子さん、今宵貴方の身に一体何があったというのでしょうか――?








― それから数週間後の朝。



「あ、あの、入江くん。もう少しゆっくり歩いてくれると嬉しいんだけどな・・・」


スーツ姿できめた入江直樹の後姿を琴子さんがひょこひょこと追いかけていきます。


「やだね。なんでおれがお前のよたよた歩きに付き合わなきゃなんねーんだよ」


然し相変わらず入江直樹の返事はつれなく、琴子さんはぷうっと頬を膨らませます。


「だ、だってヒールのある靴ってまだ慣れないのよ。いいじゃない、入学式くらい一緒に行こうよ」

「って、卒業式の時も言ってたよな。でもあの頃の方がまだマシ。その服といい靴といい、女子大生気取って無理しすぎなんだよ」


入江直樹はそう言うと振り返って腕を組み、琴子さんの頭のてっぺんから足のつま先までわざと舐めるように視線を向けます。


「あーあ、馬子にも衣装ってこの事だよな。ったく、それで男騙してコンパ三昧ってか?」

「そ、そんな事考えてないわよっ。今日は入学式なんだし、ちょっと綺麗目にして当然でしょ?」

「さぁ、どうだか。なんせお前、おれの事忘れて大学でいい男捕まえるつもりなんだろ?」


口角を引き上げながら、然しちっとも眼が笑っていない入江直樹はそう言うとまた前を向いてさっさと歩き始めたのでした。


「そ、そんなの出来るわけないじゃない。・・・入江くんの意地悪」


琴子さんは呟くと唇を尖らせました。
然し歩く速度の速い入江直樹の後を追いかけるのは諦めたらしく、ただ同じ道をトボトボと歩き始めます。


・・・と、琴子さ~~ん、
前っ!前をちゃんと向いて歩いて~~~!!


わたくしは必死で琴子さんに呼びかけました。
然しその甲斐実らず、琴子さんは前方不注意のままわたくしの方へと突進してきます。
そしてとうとう・・・、あ~~~~っ!!!



ゴツッ



「・・・・・った~~~~~」


わたくしの身体に顔ごとぶつかった琴子さんはその衝撃に耐えられずしりもちをついてしまったのでした。
さすがの入江直樹もその声に振り返ると肩を竦め琴子さんの元に戻って来ました。


「お前ってほんと馬鹿。電信柱にぶつかるって、一体どこの漫画キャラだよ」

「そ、そんな事言ったって、気が付けば目の前にあったんだよ~~」


呆れ顔の入江直樹に琴子さんは必死に言い訳します。


「ま、その様子なら大丈夫だな。じゃ、おれはもう行くから」

「あっ、待って入江くん」

「待たねーよ」


入江直樹は間髪入れず答えるとまた琴子さんに背を向けたのでした。
無残に取り残される琴子さん、哀れでございます。


と、同情して見せる一方、わたくしと言えば、実はそれどころではありませんでした。
というのもわたくし、突然ですが積年の夢をついに実現してしまったのですから、もう己の事で精一杯だったのです。



一体何がどうしたのかと?
そ、それはそのですねぇ・・・、さっき琴子さんが突進してきた時、あ、当たってしまったのです。
何がってその・・・、こ、琴子さんの可愛い唇がですよ・・・。
詰りわたくし、恋する女性とキスしてしまったのです。
嗚呼、これこそが天に昇る思いなのですね。
って、も、もしやっ!?琴子さんにとってもこのキスはファーストキスでは――!?
(※ 電信柱さん、暴走中につき自身が電信柱であること失念中)



然し次の瞬間、琴子さんが言った科白によりわたくしの淡い期待は瞬く間に花と散ったのでした。


「もう、それがキスまでした相手に言う言葉なの・・・?」


え、え、え?
ドウイウコト?


つまり、琴子さんは入江直樹とキスを交わしたというのですか~~~~!!?



いつ、どこで、どんな風に!?
頭は阿呆のようにグルグルまわるばかりでちっとも働きません。
でも・・・、この二人の関係を見てきて分かることと言えば、もしもキスしたとするならばそれは琴子さんからではない筈。
琴子さんは押せ押せのように見えますが、実のところとっても奥ゆかしい性格を持ち合わせてもいるのです。


だとすればやはり、入江直樹の中で琴子さんはやはりどこか特別な存在なのでしょう。
あのまだ寒い冬の日、T大に行くことを辞めて付属の大学に進むことを決めたのもただの気まぐれではないという事です。



さあこれからの大学生活、二人にはどんな日々が待ち受けているのでしょう。
先程の浮かれ頭を立て直し、わたくしはまたその様子を見守っていこうと思います―。


電信柱さん △ page top


| home |
Copyright © 2017 Swinging Heart , All rights reserved.