::電信柱さん 5
拍手御礼画面の再掲です。
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ぽかぽかと暖かい春の陽気が気持ちの良い季節です。
然し今日は午後から風が些か強く、わたくしの向い側にある御宅の外壁から覗く満開の桜の花びらは脆くもはらはらと散ってゆきます。


「わぁ、ママ、みちがまっしろだね!」


可愛い声を上げるのは近頃三輪車でお出かけするの大好きな結衣ちゃんです。
結衣ちゃんのママはにこにことしながら「本当、綺麗ね」と返事しました。
確かに、地面を埋め尽くすように散っている桜の花びらはさながら春色の絨毯のよう。


「これだけ敷き積もるとなんだか踏むのが勿体無い気がするわね」
「ん・・・、ねぇママ、どうしよう?はなびらさん、いたいかもしれないね」
「そうねぇ。どうすればいいかしら?」


可愛らしい心配をする親子にわたくしの目は自然細くなります。
と、そこにやってきたのはその桜の樹を植えている御宅の主婦、山本夫人。


「あらあら、困らせてしまってごめんなさいね。今からちゃんと通れるようにするから安心してね?」


山本夫人は腰をかがめて結衣ちゃんに視線を合わせてそう言うと、箒で道を掃き清め花びらを端に寄せて行くのでした。


「ほぅら、これで通れるようになったでしょう?」
「うんっ!ありがとう、おばさん」
「なんだかすみません」


恐縮する結衣ちゃんのママに夫人は「とんでもない。丁度片付けようと思っていたところだったのよ」とにっこりします。


「それより、綺麗って言ってくれてありがとう」
「いえ、本当にそう思ったので」
「そう言って下さると嬉しいわ」
そんな会話を交わすと彼女達はそれじゃあ、と別れを告げました。


坂道を下って行く親子の影が小さくなって行く中、山本夫人は集めた花びらをせっせと塵取で集めますが、風は次から次と花びらを散らすのでその作業は一向に捗った様に見えません。


「もう今日の辺りはこれくらいにしましょ」
やがて埒が明かないと判断したのか丸めていた背中を伸ばしたのでした。


「それにしても強い風だこと。あれから誰も通りかからなくて良かったわ」

山本夫人はそう言いながら御宅へと入っていきました。
何故彼女がそんな事を言ったのか。それは恐らく何度と翻りそうなった彼女のスカートの所為でしょう。
はてさて、見られずに済んで良かったのか、それともうっかり見てしまわなくて良かったのか―。
小さな疑問はともかくとして、わたくしは夫人のそれを目撃してしまったのでした。
はあぁぁ・・・、この記憶は即刻消去、消去ですっ!
不肖わたくしとて、出来るならばうら若き女性の美しいそれの方が心そそられるのでございます。




と、ふいに琴子さんがこの坂を登ってくる気配を感じ、わたくしの意識は自ずとそちらに移行しました。
本日琴子さんは紀子様とお買い物だったらしく、二人は買い物袋を提げつつ楽しげに話しながらやって来ます。
その後ろで同じく大きな買い物袋を手に歩いているのは入江直樹と弟の裕樹。
これだけの大荷物でしたらいつもならタクシーを利用される紀子様ですのに、そうなさらなかったのはやはり散り行く桜を愛でる為だというのは彼らの会話から直ぐに分かったのでした。



「良かった。今日は風が強いからもう殆ど散ってしまったかと思ったけど、意外と残っているわね」
まだ枝についている桜の花びらに紀子様が目を細めると、琴子さんは
「本当。桜の花の命は本当に短いですもんね」
としみじみ返事します。
然し相変わらず口の減らないのは入江裕樹で、彼はこの大荷物を手に徒歩で帰宅するのが気に入らないらしく、
「ふんっ 花より団子の琴子が言っても全然説得力がないや」と失礼な口をききます。
そして「とにかくもう早く帰ろうよ!荷物は重いしもうお腹空いた」と、まさに花より団子の主張をするのでした。


「あ~ら、それ位の荷物でだらしないのね。そんな事じゃ今日買ったテニスラケットなんてとても振れないんじゃないの?」
すると琴子さんがニマッと口端をあげて反撃に出ました。


「おば様、大学のテニスコートの側には桜の樹が沢山植えられているんですよ。その中でテニスするなんてあたし、もう明日からの部活が楽しみで」
「それは素敵ね!私、大学にビデオを撮りに行こうかしら~?」
キャッキャと乙女のように手を取り合って盛り上がる二人。
成程、本日のお買い物はテニス用品だったようです。


「勘弁してくれよ」
と、此処で眉間に大きく皺を寄せて嘆息したのはこれまで黙っていた入江直樹でした。
「大体コイツがまともにラケットにボールを当てる事が出来るかどうか」
冷たく言い放つ入江直樹に琴子さんはムッとした顔をします。


「し、失礼ね!こんな大きい面なんだから当てられるわよ!」
「そうよお兄ちゃん!それにもし琴子ちゃんがそんな風だったら、お兄ちゃんが教えてあげればそれで済む事でしょ!」
琴子さんと紀子様は口々に抗議しました。
ここで琴子さんと紀子様の主張が些かずれている事には取り敢えず触れずに居る事にして、入江直樹はふんと鼻を鳴らすと
「琴子に教えるなんて時間の無駄」
とばっさり切り捨てます。


「お兄ちゃんったら!そんな事言ってたらこんな可愛い琴子ちゃんに他の男の子達が手取り足取り教えちゃうわよ!」
「ふーん、教えてもらえばいいじゃん」
「巧い具合に琴子ちゃんの綺麗な手や脚に触る男がいるかもしれなくってよ!」
「お、おば様、それは無いかと・・・」
・・・あったら大問題ですから。
琴子さんはおろおろと紀子様を止めますが、肝心の入江直樹はちっとも相手にしません。



「それにしても今日選んだウェア、とっても似合っていたわぁ、琴子ちゃん」
と、入江直樹にの無反応にさじを投げたのか紀子様は琴子さんに話しかけました。
「えへへ、ありがとうございます」
照れ笑いする琴子さん。
「私もあともう少し若かったらお揃いで着たんだけど」
「何がもう少しだ」
すると紀子様の言葉に入江直樹がぼそりと口を開きました。


「あら、聞こえていたのね?」
漸く食いついたかとばかりにすかさず息子を振り返ると紀子様はにんまりと口端を引き上げました。
「お兄ちゃんも琴子ちゃんのテニスウェア、似合っていたと思うでしょ?」
そう言うと「や、やだおば様っ」と琴子さんが止めるのもお構いなく息子に返答を迫ります。


「・・・。」
すると入江直樹がちらりと琴子さんの全身に目を走らせました。慣れない視線に緊張したのか、琴子さんはカチコチと身体を強張らせ不安と期待の入り混じった表情をします。
「豚に真珠・・・ぐはっ!」
入江裕樹の毒舌は紀子様の鉄槌により敢無く掻き消されました。


「そうだわ、裕樹は荷物が重いのよね。さ、さっさと帰りましょ♪」
「なんだよママ、僕はお兄ちゃんと一緒に帰るんだ!」
「お邪魔虫でしょ。気の利かない子ね~」


紀子様はホホホと笑うとそのまま有無を言わせずズルズルと入江裕樹を引き摺って行きました。
残された琴子さんと入江直樹は小さくなる影をぽかんと見送ります。


「あ・・・の・・、あたしたちも帰ろうか」
「そうだな」


そうして二人は歩きだしたのですが、琴子さんは先程の紀子様の質問に対する入江直樹の返事が気になるようでチラチラと入江直樹の横顔を見つめます。
入江直樹も気付いているでしょうに、何か言ってやればいいものを。然しこの男の口から褒め言葉が出てくるとは到底思えませんので、どちらが良いのやら。


「きゃあっ!」


と、突如強い風が吹きました。
風は樹に残っていた桜の花びらを ふわっと空に舞い上げます散らします。
そしてあろうことか、琴子さんのフレアスカートまでも吹き上げたのです。


「わわわっ・・・!」
琴子さんは慌ててスカートを押さえましたがわたくし、ばっちり目にしてしまいました。
その・・・、琴子さんのさくらんぼ柄の愛らしいスキャンティを・・・///


「み、見たわね・・・!?」
スカートを押さえながら入江直樹を見上げる琴子さん。
「人聞き悪い言い方すんなよ」
入江直樹は面倒臭そうに肩を竦め溜息を吐きます。
然し否定でないその科白に琴子さんは「つ、つまり見えたのね!?」と顔を真赤にさせたのでした。


「安心しろよ。そんな色気ねー下着なんて幾ら見たって何にも思わねーから」
入江直樹はそう言うとまた歩き始めました。
琴子さんはどうにも複雑な表情を浮かべながらその後をついて行きます。
「でも一つ忠告」
「え、な、何?」
「お前、今日レギンスも買ってたよな?」
唐突な質問に琴子さんは不思議そうにうん、と頷きます。


「それ、スコート以外の時も履けよな」
「え?」
「お前が選んだトレーニングウェア、白っぽい色だったろ。あれ、直に履くと映るぞ」
「――っ!!」
途端に琴子さんは眼を見開くと口をパクパクさせました。



「まぁお前がその色気のない下着を見せびらかしたいって言うなら、別に止めないけど」
「は、履くわよ!って、そんな何度も色気ないって言わなくてもいいじゃない!」
「事実なんだからしょうがないだろ」
「き、今日はたまたまだったのよ!」
二人は言い合いながら坂道を上って行きます。


ふーむ。
入江直樹が一体どんなつもりで口にしたのか定かでないですが、とにかく琴子さんはこれから部活中に無防備な姿を見せる事は回避出来そうです。
然し彼の口調にどこか独占欲的な響きを感じたのは、わたくしが同じく琴子さんの可愛いスキャンティを目撃した立場だからでしょうか・・・?





ねぇ琴子さん、案外貴女のボディブロー、入江直樹に届いているのかもしれませんよ?
だってそうして並んで歩く貴女と入江直樹は、さくらんぼのように仲睦まじく寄り添って見えますから―。

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