DISTANCE ~恋人たちのクリスマス~ 2/2
2011.12.24
続いて後編。前半より少し長いです。
修正かけてると止まらなくなり(←いつものパターン。そして余計にまとまりがなくなる・・・)、けっこうギリギリで仕上げました(>_<)一応予約投稿です。
甘さは控えめです。なのに入江くんがうだうだ考え込んでいたり、ポエマーだったり・・・、らしくないかも(苦笑)
ああ、でも分かった気がします。
いつ書いてもそうなるから、私は入江くん目線が苦手なんだ(^_^;)
修正かけてると止まらなくなり(←いつものパターン。そして余計にまとまりがなくなる・・・)、けっこうギリギリで仕上げました(>_<)一応予約投稿です。
甘さは控えめです。なのに入江くんがうだうだ考え込んでいたり、ポエマーだったり・・・、らしくないかも(苦笑)
ああ、でも分かった気がします。
いつ書いてもそうなるから、私は入江くん目線が苦手なんだ(^_^;)
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12月24日、クリスマス・イヴ。
数日前に決まった忘年会の会場は、大人数という事もあり、雑居ビルに入ったチェーン展開している居酒屋だった。
とはいえこの手の店も今日は御多分に漏れず、かき入れ時らしい。
次々と来店する新規の客を入れるため、早めに来店していたおれ達は、事前に説明を受けた通り、8時過ぎには店員に時間制限を告げられ、店を出ることとなった。
速やかに会計を済ませると、ほぼ同時にやって来た2基のエレベーターに分乗し地上階のボタンを押す。そして暫し沈黙になる小さな箱。
が、それはいつまでもは続かない。
「何か飲み足りないよな」と一人が言うと、それに賛同する者は多かった。
程なくエレベーターが一階に着くと、彼らは誰からともなくロビーの一角に集合し、早速二次会の相談を始めた。
その間雑居ビルに人が入って来る度に開く自動扉からは、明るいクリスマスソングが漏れ聞こえ、歳末の浮き足立った気分に拍車を掛ける。
「悪い、おれはこれで」
その中、おれは先に帰ることを告げた。
盛り上がっている雰囲気に水を差すわけではなかったが、もう飲み会は十分だった。
すると存外皆はそりゃそうだよな、と深く頷く。
「せっかっくのイヴなのに、きっと琴子ちゃん、首を長くして待ってるぞ」
「そうそう。あんな健気な奥さんを放っておいてこっちに来るなんて、入江ってマジで冷たいよな」
そう言う彼らの言葉はいつになく辛らつで、視線はおれの反応を楽しむかのように薄い笑みを浮かべている。
まったく、これもやはり酒とクリスマスという日がそうさせるのだろうか。
「ほら、さっさと帰ってやれよ!」
「奥さんによろしく~~」
「これ以上苛めるなよ~~!」
挙句の果てに追い出すようなジェスチャーをされ、おれは盛大に溜息をつくと「分かったよ!」やややけくそで応じた。
いつの間にか医学部の連中の応援を得ている琴子に内心舌を巻きつつ、おれは「それじゃ」と片手を上げ、その場からさっさと離れる事にした。
駅に向う道すがら、耳には騒ぐ人たちの声や音楽が騒音のように折り重なり入ってくる。
見渡す限りのネオンは、温もりよりもただけばけばしさばかりが目立ち、同じ電球とはいえ、琴子が言っていたイルミネーションとは様相が大分違うことだろう。
琴子は、今頃楽しんでいるだろうか。ふとそんな事を考えた。
そう、今夜琴子はおれを待ってなどない。
きっと今頃はまだパーティ会場に居る筈だ。例のパンダイのパーティーである。
先日の夜のやり取りの後、おれが医学部の飲み会を優先させた事を知ったお袋は烈火のごとく激怒した。
然しそれ位の事でおれが決定を覆すことは勿論無く。
とうとう見かねたお袋は、「こんな薄情な夫なんて無視して、琴子ちゃんも楽しみましょ!」とやはりパンダイのパーティに出るよう琴子を誘った。
琴子は迷っていたようだったが、他にどうやって過ごすか目処が立たないようで、結局行く事にしたらしい。
が、完全に納得した訳ではない琴子は、臍を曲げたかのようにあれから必要以上におれに話し掛けてこなくなった。
おれもそれを気にする素振りを見せず、淡々と日常をやり過ごした。
そうなると途端におれ達の関係はよそよそしくなり、今に至っている。
我ながら、実に詰らない事で意地を張り合っているものだと思う。
とはいえ―、この小さな諍いの原因を作ったのはおれだという自覚は一応あった。
勿論元を正せば、琴子が変におれの予定を調べるなんて回りくどい事をせず、普通に誘って来れば良かったんだと思う。
然し問題はそこではなくて。
おれが気に入らなかったのは、イヴのおれの予定を探りに来た琴子に声を掛けられた連中たちが、一様に言った琴子に関する感想だったりした。
“強烈だけど、めちゃめちゃ可愛いよな”
という琴子に対する評価が妙に気に食わなくて、おれは何となく琴子の誘いを聞き入れたくなくなったのだ。
一体この思いは何なのだろうか。
琴子の良さを知っているのは自分だけでいい。
そんな風に思うおれは変なのだろうか。
そしてもう一つ。
あの夜、更にしょうもない男の性みたいなものをおれは自覚してしまっていた。
琴子がイヴのデートをせがんできた時、戯れに胸に触れた手を呆気なく琴子に振り払われた事がやたらとムカついて、おれは更に意固地になった気がする。
もしあの時、琴子がもう少し何か違う反応をしていれば――。そう考えている自分に愕然とする。
という事は、強ち琴子の当初の作戦は間違っていなかったという事じゃないか。
自分でも信じられない。
これではまるで盛りのついたばかりのどこぞの小僧と同じじゃないか。
そんな風に悶々と思考に耽りながら歩いていると、不意に背後からと「・・・りえ、入江」と呼ぶ声が聞こえた。
振り返るとそこには先程まで一緒だった医学部仲間が3人ほど立っている。
気付かなかったが、ずっとおれの後ろを歩いていたらしい。
「何?」
尋ねると、彼らは苦笑いを浮かべながらあの後程なく忘年会は終了したのだと答えた。
「あの大人数が入れる店が見つからなくてさ」
「だから二次会は其々やりたい奴で集まって、って話しになったんだ」
さもありなんな流れに「ふぅん、そう」とおれは短く相槌をうつ。
が、なぜそれをわざわざ伝えに来たのか?
するとこちらの疑問を汲んだかのように、彼らは少し躊躇いがちに「あのさ」と切り出してきた。
「もしかして入江、急いで帰る必要ないんじゃない?」
「そうそう。何せイヴだし、お前と過ごせないなら琴子ちゃんだってもう別の用事作ってるんじゃないかなって」
彼らは終始遠慮がちだったが、「だとしたら、おれ達と飲みなおさないか?」とおれを誘ってきた。
「入江とこうして話す機会って滅多ないし、出来たらそうしたいと思ったんだけど、どう?」
そう言われるとおれも決して悪い気はしない。
確かに彼らの言う通り、どうせ今帰っても自宅には誰も居ないだろうしそれも構わないかもしれない。
この際、羽を伸ばしてゆっくり飲むことにするか。
だけど―。
「・・・悪い。でも今日はやっぱりもう帰るよ」
断ると彼らは、とんでもないと言わんばかりに手を横に振った。
「いや、いいんだ。断られるの覚悟だったし」
「そうそう。それに実はおれ達、今日は琴子ちゃんだけじゃなくて、入江にも悪い事したかもって思ってたんだ」
「まさか入江が今夜参加するなんて誰も思わなかったんだよ」
つまり医学部の連中は、おれがイヴを楽しみにしている琴子を無視して忘年会に参加するなどと思わなかったらしい。
だが実際おれは今此処に居て、すっかり邪魔してしまったと罪悪感を覚えていたのだという。
「あのさ、さっき酔っ払ってた奴らも本当はそう思ってたんだよ」
「おれ達が謝っていたって、入江から琴子ちゃんに伝えておいてくれないか?」
その余りの気の使い方に、おれは思わず内心苦笑する。
おれが意固地になったせいで、彼らにまで余計な心配をさせてしまった。
「いいよ、そんな事」
おれはそう応じると小さく笑った。
「でも」
「大丈夫。夫婦の事は夫婦で解決するから」
そう、彼らが琴子に謝る必要は何一つ無い。
おれの言葉に三人は少し目を見開くと顔を赤らめた。
その後彼らに別れを告げたおれは、先ほどまでより気持ち急いた足取りで駅へ向った。途中ケーキ屋を見つけ中に入る。
今夜琴子ははきっと遅くまで帰って来ないだろうが、それでも待っていよう。そう心に決めた。
― ん?ジングルベル・・・?
帰り着くと、誰も居ないはずの家には微かなボリュームでクリスマスソングが流れていた。まだパーティは終わっていないはずなのに。お義父さんだって勿論仕事中のはずだ。
が、怪訝に思ったおれの小さな予感はすぐに確信へと変わった。
おれが注目したのは、玄関先にある華奢なパンプス。
何で今此処に居る―?
そのパンプスが、確か今夜琴子がパーティに履いていく予定だったものだと気付いたおれは、急いで靴を脱ぐと音の鳴るほうへ向った。
ガチャリ、と勢いよく扉を開ける。
すると目に飛び込んできたのはやはり琴子だった。
然し不思議なのはその服装で、琴子はパーティの衣装でなく、何故かサンタのミニワンピースを着ていた。
テーブルに身を投げ出し、琴子は気持ち良さげに眠っている。
そこにあるチキンバーレルの空き箱は自分で調達してきたらしい。
「お前も一緒に食べさせてもらったのか?」
尋ねると、隣に居たチビは、クゥン・・・と困ったような顔でおれを見上げ鳴いた。
「琴子、起きろよ。風邪引く」
おれは琴子の傍に座ると肩を揺すぶった。
「・・・んん・・・。あれ、入江くん?」
意外と簡単に瞼を開く琴子。
が、その実まだまだ寝惚けているようで、
「そっかぁ、サンタさんがあたしの願いを叶えて夢を見させてくれてるんだね・・・」
と言うと、またすぅ、と小さな息を立てた。
おれは溜息を一つ吐くともう一度琴子の肩を揺する。
「おい、琴子」
「ん~・・・、なぁに」
「おれはサンタが見せた幻じゃねーぞ」
「でも・・・」
「お前は本当のおれと夢の区別もつかないのか?」
「でも入江くんは今夜・・・。え・・・・?」
そこで琴子は急にパチっと目を覚ました。
「え?え・・・!?な、なんで入江く・・・。だって、今日は遅くなるって」
おれの姿を認めた琴子は、ひどく慌てた様子で座り直した。
「一次会で帰ってきたんだよ」
「そ、そうなんだ」
「それよりお前こそ、なんで家に居る?体調が悪くなったって訳でもなさそうだけど」
聞き返すと琴子は視線を逸らし、髪を撫でつけるような仕草をした。
「あのね、実は行かなかったんだ」
やがて琴子が言った返事におれは思わず「は?」と眉を顰めた。
「というか、実は少し前にパーティにはやっぱり行かないって決めてたの」
すると更に意外な返事をする琴子。
「なんで・・・」
訳が分からなかった。今朝だって思い切り行くような雰囲気だったのに何故そんな真似を―。
「だって入江くん、あたしが行かないって行ったらちょっと位気にしちゃうでしょ?」
「なんだよ、それ。おれに気遣ったとでも?」
「それも少しはあるわ。でも一番の理由はそれじゃないの。入江くんがパーティに出ないって断った理由、やっぱりあたしもその通りだと思ったから」
「おれが言った理由―?」
「『コトリンが売れ続けたのは、今居る社員達が尽力したから』って入江くん、言ったでしょ?」
「・・・あぁ・・・」
「そんな風に言えちゃう入江くんって、あたし好きだなぁって思ったんだ」
驚きを隠せないおれに、琴子はそう言ってふんわりと笑った。
聞き慣れた筈の「好き」という言葉が、いつもと違って聞こえる。
同時にいつもとは違う琴子への感情が自らの中に溢れ出てくるのをおれは感じずにいられない。
時々琴子は、おれが思っている以上におれの言葉の意味を深く考えてくれている。
「それでお前、行くのやめたのか?」
「うん。入江くんが行かないのに、あたしだけが行く訳にはいかないし」
尋ねると、ペロッと舌を出しおどけてみせる。
「それにほら、前も言ったけどパーティでまたあたしが何か粗相をしたら・・・わっ」
それ以上の理由はいらなくて、おれはそれを遮った。
急に抱きしめたられ驚いたのか、琴子の言葉は宙に浮く。
「い、入江く・・・」
「・・・ごめん。寂しかった?」
珍しいおれの謝罪に琴子の体がピクっと震えた。
「・・・ん。寂しかった」
十分な間を以って答えられたその言葉の後、琴子の手は漸くそろそろとおれの背中に回ったのだった。
暖かい抱擁は頑なだった心を簡単に解きほぐしてしまう。
「入江くん、外の匂いがする」
背中に回る手が、甘ったるい声が今はいつも以上に愛おしくて、おれは琴子を抱きしめる腕をまた少し強める。
「ところで何でその格好?」
尋ねると琴子は「どう?なかなか可愛いでしょ?」と満足げに声を弾ませた。
「さすがに何も予定がないのは虚しいから、いっその事と思って短期のバイト入れてたの。この格好でデパートの特設会場でケーキ売ってたんだ。コート着れば隠れちゃうし、衣装は返さないでいいって言われたから、もうそのままで帰ってきちゃった」
そして帰って来た途端疲れが出て、そのまま眠ってしまったのだと言う。
「でもね、結構楽しかったよ。ケーキを買って帰る人たちって皆幸せそうな顔をしてたから」
にっこり笑う琴子の顔は本当にイキイキとしている。
「あ、そうそう。それからお土産に、ってデコレーションケーキも一つ貰ったの。太っ腹よね」
「売れ残ったからじゃねーの?」
「まぁまぁ、そう言わず」
言うが早いか、琴子は立ち上がると「ね、これから食べようよ」と立ち上がった。
そして間もなくおれが買ってきたケーキの存在に気付く。
「あれ?これってもしかして・・・」
「ケーキ。クリスマスケーキ」
「え、でもこんなのあたしが帰って来たときは・・・、って、あの、それじゃこれ・・・」
「―おれが買ってきた。被っちまったな」
イマイチどんな顔をすれば良いのか分からず、おれは答えるとそっぽを向いた。
「うそっ!?」
すると琴子は大きく眼を見開き驚きを露にする。
「開けていい?」
「ああ」
おれが頷くのを見て取ると、琴子は嬉々としてケーキの箱を開け中身を引き出した。
たまたま目に入った店で購入した生クリームと苺のデコレーションケーキは、普通に美味そうだが、ごくありきたりのデザイン。
「わ~~、美味しそう~~~」
然し琴子がそう言って最高の笑顔を見せるから、やはり買ってきて良かったと感じる。
それでもどこか照れくさくて、「クリスマスケーキなんてどれも似たりよったりだろ?」と言うと「違う!」と即答された。
「入江くんがあたしの為に買ってきてくれたこのケーキより美味しいケーキなんてないよ!」
「そりゃ有難いね」
「あ、でもまさか今回も本当はあたしにじゃなくってチビにだったって事はないよね!?」
「お前なぁ・・・」
とここでハッとしたように尋ねてくる琴子におれは思わず呆れ声が出る。
コイツ、未だにおれがチビの為にケーキ買ってきたと思ってたのかよ?信じらんねー・・・。
すると琴子が瞬く間に曇った顔になった。
「・・・もしかして、やっぱりチビに?」
「ったく、・・・のバカ!」
思わず怒鳴るとビクッと肩を震わせる。
「な訳ねーだろ?」
おれは小さく嘆息すると力いっぱい琴子を抱き寄せた。
「察しろ」
引き寄せて唇を奪う。
するとどんどん体の力が抜けていく、腕の中の小さな可愛いサンタクロース。
「・・・分かったよ。ありがとう・・・///」
湿った吐息をする琴子の頬は、真赤なワンピースよりも魅惑的な色をしていた。
やがて唇を離したおれ達はクスッと笑いあった。
そして同時に鳴ったのは琴子の腹の虫。
「チキン食ったのに、立派な腹だな」
「ち、違うもん!これはたまたま鳴っただけで・・・決してまだ空腹なんて事は・・・」
「・・・食えよ」
促すと琴子はコクリと頷き笑みを浮かべた。
「あ、勿論入江くんも食べるよね?」
「小さく切ってくれよな」
はぁいと答えながら、キッチンへナイフや皿を取りにいくため立ち上がろうとする。
「・・・いや、やっぱりこれも明日食べよう」
が、ひとつ閃いたおれはそれを止めた。
「え、どうして?」
不服そうに琴子がおれを見つめる。
「せっかく二人っきりなんだから、それよりもっといい事しよう」
「いい事・・・」
琴子は小首を傾げると暫く考え込む様子を見せた。
「・・・あ・・・っ!!」
思い当たる答えにたどり着いたらしい琴子は、みるみると顔を赤らめ口をパクパクさせた。
「や、やだ入江くんってばエッチ///」
身を少しくねらせ、ワンピースの裾を指で弄び始める。
ったく・・・、どうやらそっち方向に頭を働かせたらしい。
「アホかお前は」
肩を竦め鼻を摘んでやると、琴子はふがっと子豚の鳴くような声を出した。
「え、ち、違うの・・・?」
「まぁ、それも悪かないけど?」
にやりと笑ってみせると、更に顔を赤らめブンブンと首を振る。
「じゃ、じゃあ何?」
「先ずは着替え」
しどろもどろに尋ねてくる琴子におれはそれだけ答えると、その手を取ってリビングの扉を開け二階へと向った。
「今日パーティに着ていくつもりだった服に着替えろよ。おれはそうだな・・・取り合えずスーツでも着ればいいか」
「え?あ、あの入江くん、ちょっと待って。なんで今から着替えるの?」
手を引かれながらも、琴子はまだおれがこれから何をしようとしているのか分からないようだった。
おれは立ち止まると振り返り、琴子を見遣る。
「“いつもよりオシャレして街を歩く”、がしたいんだろ?今から出掛ければ、まだイルミネーションにも間に合うよ」
「・・・嘘。今から一緒に出掛けてくれるの?」
信じられない、と言わんばかりに琴子の瞳が大きくなる。
「ベッドの方が良ければそちらでも」
「う、ううん!絶対イルミネーション!!きゃあ~~~嬉しい~~~!!」
「・・・そんな力いっぱい即答しなくても」
ぼそっと言ったおれの声は耳に届かなかったらしい。
大絶叫すると琴子はバタバタと二階に駆け上がっって行った。
「少しだけメークもさせてね。超特急でやるから!」
言うが早いか、パーティの為に用意していたリトルブラックドレスを取り出すと一応おれに隠れるようにしていそいそと着替え始めた。
その後姿に苦笑しながら、おれは自分の着ていく服を適当に見繕って身につける。
会話自体はこの前と似たようなやり取りをしている筈なのに、なぜ今はこうも心が浮き立つのだろうか。
けれどその答えはとても簡単で単純。
― 結局、おれも単純極まりない人間だという事 ―
そう、最後は相手を思う小さな気持ちがどんな風にも心を動かすんだ。
「おい、まだかよ?」
「も、もう少し」
「あーあ、そうこうしてる間に終わっちまうな」
「や、やだ!出来た、出来たから行こう!」
いつものように接しながら、いつもより素直な気分の夜。
おれと琴子は笑いあいながら屋外へ飛び出す。
「お前その格好、流石に寒いだろ。早くコート着ろよ」
ノースリーブのドレスにロンググローブ、首元だけはファーを巻いて暖かそうだが、琴子の姿は流石に寒々しい。
「大丈夫。寒くなったらちゃんとコート着るよ」
然し琴子はそんな事を言って笑うとおれの腕をそっと手をとる。
「ほんの少しだけこうさせて。ね?」
メリークリスマス、と言って見上げてくる琴子の瞳は、色んな光が入り込んでキラキラとしている。
冷たい外気に絡んできた腕は想像以上に暖かく、愛おしかった。
お付き合い頂きありがとうございました!
最後をお読みになって「あ、もしかして?」と思って下さった方がいらっしゃると嬉しいです。
そうです。このお話はchan-BBさんの2周年のお祝いに差し上げたイラストを描きながらなんとなくし始めてしまっていた妄想です(笑)
山なし、谷なしの展開はいつもの事ですが、一通り書き上げた時は「やれた!」と思いました。
で、読み返すと「あちゃーー・・・」って感じ(^_^;)これで『贈り物』だなんて恥ずかしいです。すみません!
再度ご挨拶にはまた沢山のコメントを下さりありがとうございました。
そしてこの話の修正に手間取りまだお返事出来ていない事、お詫び申し上げます。
これから少しずつさせて頂きますのでお待ちくださいね(*^_^*)
それでは皆様、メリークリスマス!
12月24日、クリスマス・イヴ。
数日前に決まった忘年会の会場は、大人数という事もあり、雑居ビルに入ったチェーン展開している居酒屋だった。
とはいえこの手の店も今日は御多分に漏れず、かき入れ時らしい。
次々と来店する新規の客を入れるため、早めに来店していたおれ達は、事前に説明を受けた通り、8時過ぎには店員に時間制限を告げられ、店を出ることとなった。
速やかに会計を済ませると、ほぼ同時にやって来た2基のエレベーターに分乗し地上階のボタンを押す。そして暫し沈黙になる小さな箱。
が、それはいつまでもは続かない。
「何か飲み足りないよな」と一人が言うと、それに賛同する者は多かった。
程なくエレベーターが一階に着くと、彼らは誰からともなくロビーの一角に集合し、早速二次会の相談を始めた。
その間雑居ビルに人が入って来る度に開く自動扉からは、明るいクリスマスソングが漏れ聞こえ、歳末の浮き足立った気分に拍車を掛ける。
「悪い、おれはこれで」
その中、おれは先に帰ることを告げた。
盛り上がっている雰囲気に水を差すわけではなかったが、もう飲み会は十分だった。
すると存外皆はそりゃそうだよな、と深く頷く。
「せっかっくのイヴなのに、きっと琴子ちゃん、首を長くして待ってるぞ」
「そうそう。あんな健気な奥さんを放っておいてこっちに来るなんて、入江ってマジで冷たいよな」
そう言う彼らの言葉はいつになく辛らつで、視線はおれの反応を楽しむかのように薄い笑みを浮かべている。
まったく、これもやはり酒とクリスマスという日がそうさせるのだろうか。
「ほら、さっさと帰ってやれよ!」
「奥さんによろしく~~」
「これ以上苛めるなよ~~!」
挙句の果てに追い出すようなジェスチャーをされ、おれは盛大に溜息をつくと「分かったよ!」やややけくそで応じた。
いつの間にか医学部の連中の応援を得ている琴子に内心舌を巻きつつ、おれは「それじゃ」と片手を上げ、その場からさっさと離れる事にした。
駅に向う道すがら、耳には騒ぐ人たちの声や音楽が騒音のように折り重なり入ってくる。
見渡す限りのネオンは、温もりよりもただけばけばしさばかりが目立ち、同じ電球とはいえ、琴子が言っていたイルミネーションとは様相が大分違うことだろう。
琴子は、今頃楽しんでいるだろうか。ふとそんな事を考えた。
そう、今夜琴子はおれを待ってなどない。
きっと今頃はまだパーティ会場に居る筈だ。例のパンダイのパーティーである。
先日の夜のやり取りの後、おれが医学部の飲み会を優先させた事を知ったお袋は烈火のごとく激怒した。
然しそれ位の事でおれが決定を覆すことは勿論無く。
とうとう見かねたお袋は、「こんな薄情な夫なんて無視して、琴子ちゃんも楽しみましょ!」とやはりパンダイのパーティに出るよう琴子を誘った。
琴子は迷っていたようだったが、他にどうやって過ごすか目処が立たないようで、結局行く事にしたらしい。
が、完全に納得した訳ではない琴子は、臍を曲げたかのようにあれから必要以上におれに話し掛けてこなくなった。
おれもそれを気にする素振りを見せず、淡々と日常をやり過ごした。
そうなると途端におれ達の関係はよそよそしくなり、今に至っている。
我ながら、実に詰らない事で意地を張り合っているものだと思う。
とはいえ―、この小さな諍いの原因を作ったのはおれだという自覚は一応あった。
勿論元を正せば、琴子が変におれの予定を調べるなんて回りくどい事をせず、普通に誘って来れば良かったんだと思う。
然し問題はそこではなくて。
おれが気に入らなかったのは、イヴのおれの予定を探りに来た琴子に声を掛けられた連中たちが、一様に言った琴子に関する感想だったりした。
“強烈だけど、めちゃめちゃ可愛いよな”
という琴子に対する評価が妙に気に食わなくて、おれは何となく琴子の誘いを聞き入れたくなくなったのだ。
一体この思いは何なのだろうか。
琴子の良さを知っているのは自分だけでいい。
そんな風に思うおれは変なのだろうか。
そしてもう一つ。
あの夜、更にしょうもない男の性みたいなものをおれは自覚してしまっていた。
琴子がイヴのデートをせがんできた時、戯れに胸に触れた手を呆気なく琴子に振り払われた事がやたらとムカついて、おれは更に意固地になった気がする。
もしあの時、琴子がもう少し何か違う反応をしていれば――。そう考えている自分に愕然とする。
という事は、強ち琴子の当初の作戦は間違っていなかったという事じゃないか。
自分でも信じられない。
これではまるで盛りのついたばかりのどこぞの小僧と同じじゃないか。
そんな風に悶々と思考に耽りながら歩いていると、不意に背後からと「・・・りえ、入江」と呼ぶ声が聞こえた。
振り返るとそこには先程まで一緒だった医学部仲間が3人ほど立っている。
気付かなかったが、ずっとおれの後ろを歩いていたらしい。
「何?」
尋ねると、彼らは苦笑いを浮かべながらあの後程なく忘年会は終了したのだと答えた。
「あの大人数が入れる店が見つからなくてさ」
「だから二次会は其々やりたい奴で集まって、って話しになったんだ」
さもありなんな流れに「ふぅん、そう」とおれは短く相槌をうつ。
が、なぜそれをわざわざ伝えに来たのか?
するとこちらの疑問を汲んだかのように、彼らは少し躊躇いがちに「あのさ」と切り出してきた。
「もしかして入江、急いで帰る必要ないんじゃない?」
「そうそう。何せイヴだし、お前と過ごせないなら琴子ちゃんだってもう別の用事作ってるんじゃないかなって」
彼らは終始遠慮がちだったが、「だとしたら、おれ達と飲みなおさないか?」とおれを誘ってきた。
「入江とこうして話す機会って滅多ないし、出来たらそうしたいと思ったんだけど、どう?」
そう言われるとおれも決して悪い気はしない。
確かに彼らの言う通り、どうせ今帰っても自宅には誰も居ないだろうしそれも構わないかもしれない。
この際、羽を伸ばしてゆっくり飲むことにするか。
だけど―。
「・・・悪い。でも今日はやっぱりもう帰るよ」
断ると彼らは、とんでもないと言わんばかりに手を横に振った。
「いや、いいんだ。断られるの覚悟だったし」
「そうそう。それに実はおれ達、今日は琴子ちゃんだけじゃなくて、入江にも悪い事したかもって思ってたんだ」
「まさか入江が今夜参加するなんて誰も思わなかったんだよ」
つまり医学部の連中は、おれがイヴを楽しみにしている琴子を無視して忘年会に参加するなどと思わなかったらしい。
だが実際おれは今此処に居て、すっかり邪魔してしまったと罪悪感を覚えていたのだという。
「あのさ、さっき酔っ払ってた奴らも本当はそう思ってたんだよ」
「おれ達が謝っていたって、入江から琴子ちゃんに伝えておいてくれないか?」
その余りの気の使い方に、おれは思わず内心苦笑する。
おれが意固地になったせいで、彼らにまで余計な心配をさせてしまった。
「いいよ、そんな事」
おれはそう応じると小さく笑った。
「でも」
「大丈夫。夫婦の事は夫婦で解決するから」
そう、彼らが琴子に謝る必要は何一つ無い。
おれの言葉に三人は少し目を見開くと顔を赤らめた。
その後彼らに別れを告げたおれは、先ほどまでより気持ち急いた足取りで駅へ向った。途中ケーキ屋を見つけ中に入る。
今夜琴子ははきっと遅くまで帰って来ないだろうが、それでも待っていよう。そう心に決めた。
― ん?ジングルベル・・・?
帰り着くと、誰も居ないはずの家には微かなボリュームでクリスマスソングが流れていた。まだパーティは終わっていないはずなのに。お義父さんだって勿論仕事中のはずだ。
が、怪訝に思ったおれの小さな予感はすぐに確信へと変わった。
おれが注目したのは、玄関先にある華奢なパンプス。
何で今此処に居る―?
そのパンプスが、確か今夜琴子がパーティに履いていく予定だったものだと気付いたおれは、急いで靴を脱ぐと音の鳴るほうへ向った。
ガチャリ、と勢いよく扉を開ける。
すると目に飛び込んできたのはやはり琴子だった。
然し不思議なのはその服装で、琴子はパーティの衣装でなく、何故かサンタのミニワンピースを着ていた。
テーブルに身を投げ出し、琴子は気持ち良さげに眠っている。
そこにあるチキンバーレルの空き箱は自分で調達してきたらしい。
「お前も一緒に食べさせてもらったのか?」
尋ねると、隣に居たチビは、クゥン・・・と困ったような顔でおれを見上げ鳴いた。
「琴子、起きろよ。風邪引く」
おれは琴子の傍に座ると肩を揺すぶった。
「・・・んん・・・。あれ、入江くん?」
意外と簡単に瞼を開く琴子。
が、その実まだまだ寝惚けているようで、
「そっかぁ、サンタさんがあたしの願いを叶えて夢を見させてくれてるんだね・・・」
と言うと、またすぅ、と小さな息を立てた。
おれは溜息を一つ吐くともう一度琴子の肩を揺する。
「おい、琴子」
「ん~・・・、なぁに」
「おれはサンタが見せた幻じゃねーぞ」
「でも・・・」
「お前は本当のおれと夢の区別もつかないのか?」
「でも入江くんは今夜・・・。え・・・・?」
そこで琴子は急にパチっと目を覚ました。
「え?え・・・!?な、なんで入江く・・・。だって、今日は遅くなるって」
おれの姿を認めた琴子は、ひどく慌てた様子で座り直した。
「一次会で帰ってきたんだよ」
「そ、そうなんだ」
「それよりお前こそ、なんで家に居る?体調が悪くなったって訳でもなさそうだけど」
聞き返すと琴子は視線を逸らし、髪を撫でつけるような仕草をした。
「あのね、実は行かなかったんだ」
やがて琴子が言った返事におれは思わず「は?」と眉を顰めた。
「というか、実は少し前にパーティにはやっぱり行かないって決めてたの」
すると更に意外な返事をする琴子。
「なんで・・・」
訳が分からなかった。今朝だって思い切り行くような雰囲気だったのに何故そんな真似を―。
「だって入江くん、あたしが行かないって行ったらちょっと位気にしちゃうでしょ?」
「なんだよ、それ。おれに気遣ったとでも?」
「それも少しはあるわ。でも一番の理由はそれじゃないの。入江くんがパーティに出ないって断った理由、やっぱりあたしもその通りだと思ったから」
「おれが言った理由―?」
「『コトリンが売れ続けたのは、今居る社員達が尽力したから』って入江くん、言ったでしょ?」
「・・・あぁ・・・」
「そんな風に言えちゃう入江くんって、あたし好きだなぁって思ったんだ」
驚きを隠せないおれに、琴子はそう言ってふんわりと笑った。
聞き慣れた筈の「好き」という言葉が、いつもと違って聞こえる。
同時にいつもとは違う琴子への感情が自らの中に溢れ出てくるのをおれは感じずにいられない。
時々琴子は、おれが思っている以上におれの言葉の意味を深く考えてくれている。
「それでお前、行くのやめたのか?」
「うん。入江くんが行かないのに、あたしだけが行く訳にはいかないし」
尋ねると、ペロッと舌を出しおどけてみせる。
「それにほら、前も言ったけどパーティでまたあたしが何か粗相をしたら・・・わっ」
それ以上の理由はいらなくて、おれはそれを遮った。
急に抱きしめたられ驚いたのか、琴子の言葉は宙に浮く。
「い、入江く・・・」
「・・・ごめん。寂しかった?」
珍しいおれの謝罪に琴子の体がピクっと震えた。
「・・・ん。寂しかった」
十分な間を以って答えられたその言葉の後、琴子の手は漸くそろそろとおれの背中に回ったのだった。
暖かい抱擁は頑なだった心を簡単に解きほぐしてしまう。
「入江くん、外の匂いがする」
背中に回る手が、甘ったるい声が今はいつも以上に愛おしくて、おれは琴子を抱きしめる腕をまた少し強める。
「ところで何でその格好?」
尋ねると琴子は「どう?なかなか可愛いでしょ?」と満足げに声を弾ませた。
「さすがに何も予定がないのは虚しいから、いっその事と思って短期のバイト入れてたの。この格好でデパートの特設会場でケーキ売ってたんだ。コート着れば隠れちゃうし、衣装は返さないでいいって言われたから、もうそのままで帰ってきちゃった」
そして帰って来た途端疲れが出て、そのまま眠ってしまったのだと言う。
「でもね、結構楽しかったよ。ケーキを買って帰る人たちって皆幸せそうな顔をしてたから」
にっこり笑う琴子の顔は本当にイキイキとしている。
「あ、そうそう。それからお土産に、ってデコレーションケーキも一つ貰ったの。太っ腹よね」
「売れ残ったからじゃねーの?」
「まぁまぁ、そう言わず」
言うが早いか、琴子は立ち上がると「ね、これから食べようよ」と立ち上がった。
そして間もなくおれが買ってきたケーキの存在に気付く。
「あれ?これってもしかして・・・」
「ケーキ。クリスマスケーキ」
「え、でもこんなのあたしが帰って来たときは・・・、って、あの、それじゃこれ・・・」
「―おれが買ってきた。被っちまったな」
イマイチどんな顔をすれば良いのか分からず、おれは答えるとそっぽを向いた。
「うそっ!?」
すると琴子は大きく眼を見開き驚きを露にする。
「開けていい?」
「ああ」
おれが頷くのを見て取ると、琴子は嬉々としてケーキの箱を開け中身を引き出した。
たまたま目に入った店で購入した生クリームと苺のデコレーションケーキは、普通に美味そうだが、ごくありきたりのデザイン。
「わ~~、美味しそう~~~」
然し琴子がそう言って最高の笑顔を見せるから、やはり買ってきて良かったと感じる。
それでもどこか照れくさくて、「クリスマスケーキなんてどれも似たりよったりだろ?」と言うと「違う!」と即答された。
「入江くんがあたしの為に買ってきてくれたこのケーキより美味しいケーキなんてないよ!」
「そりゃ有難いね」
「あ、でもまさか今回も本当はあたしにじゃなくってチビにだったって事はないよね!?」
「お前なぁ・・・」
とここでハッとしたように尋ねてくる琴子におれは思わず呆れ声が出る。
コイツ、未だにおれがチビの為にケーキ買ってきたと思ってたのかよ?信じらんねー・・・。
すると琴子が瞬く間に曇った顔になった。
「・・・もしかして、やっぱりチビに?」
「ったく、・・・のバカ!」
思わず怒鳴るとビクッと肩を震わせる。
「な訳ねーだろ?」
おれは小さく嘆息すると力いっぱい琴子を抱き寄せた。
「察しろ」
引き寄せて唇を奪う。
するとどんどん体の力が抜けていく、腕の中の小さな可愛いサンタクロース。
「・・・分かったよ。ありがとう・・・///」
湿った吐息をする琴子の頬は、真赤なワンピースよりも魅惑的な色をしていた。
やがて唇を離したおれ達はクスッと笑いあった。
そして同時に鳴ったのは琴子の腹の虫。
「チキン食ったのに、立派な腹だな」
「ち、違うもん!これはたまたま鳴っただけで・・・決してまだ空腹なんて事は・・・」
「・・・食えよ」
促すと琴子はコクリと頷き笑みを浮かべた。
「あ、勿論入江くんも食べるよね?」
「小さく切ってくれよな」
はぁいと答えながら、キッチンへナイフや皿を取りにいくため立ち上がろうとする。
「・・・いや、やっぱりこれも明日食べよう」
が、ひとつ閃いたおれはそれを止めた。
「え、どうして?」
不服そうに琴子がおれを見つめる。
「せっかく二人っきりなんだから、それよりもっといい事しよう」
「いい事・・・」
琴子は小首を傾げると暫く考え込む様子を見せた。
「・・・あ・・・っ!!」
思い当たる答えにたどり着いたらしい琴子は、みるみると顔を赤らめ口をパクパクさせた。
「や、やだ入江くんってばエッチ///」
身を少しくねらせ、ワンピースの裾を指で弄び始める。
ったく・・・、どうやらそっち方向に頭を働かせたらしい。
「アホかお前は」
肩を竦め鼻を摘んでやると、琴子はふがっと子豚の鳴くような声を出した。
「え、ち、違うの・・・?」
「まぁ、それも悪かないけど?」
にやりと笑ってみせると、更に顔を赤らめブンブンと首を振る。
「じゃ、じゃあ何?」
「先ずは着替え」
しどろもどろに尋ねてくる琴子におれはそれだけ答えると、その手を取ってリビングの扉を開け二階へと向った。
「今日パーティに着ていくつもりだった服に着替えろよ。おれはそうだな・・・取り合えずスーツでも着ればいいか」
「え?あ、あの入江くん、ちょっと待って。なんで今から着替えるの?」
手を引かれながらも、琴子はまだおれがこれから何をしようとしているのか分からないようだった。
おれは立ち止まると振り返り、琴子を見遣る。
「“いつもよりオシャレして街を歩く”、がしたいんだろ?今から出掛ければ、まだイルミネーションにも間に合うよ」
「・・・嘘。今から一緒に出掛けてくれるの?」
信じられない、と言わんばかりに琴子の瞳が大きくなる。
「ベッドの方が良ければそちらでも」
「う、ううん!絶対イルミネーション!!きゃあ~~~嬉しい~~~!!」
「・・・そんな力いっぱい即答しなくても」
ぼそっと言ったおれの声は耳に届かなかったらしい。
大絶叫すると琴子はバタバタと二階に駆け上がっって行った。
「少しだけメークもさせてね。超特急でやるから!」
言うが早いか、パーティの為に用意していたリトルブラックドレスを取り出すと一応おれに隠れるようにしていそいそと着替え始めた。
その後姿に苦笑しながら、おれは自分の着ていく服を適当に見繕って身につける。
会話自体はこの前と似たようなやり取りをしている筈なのに、なぜ今はこうも心が浮き立つのだろうか。
けれどその答えはとても簡単で単純。
― 結局、おれも単純極まりない人間だという事 ―
そう、最後は相手を思う小さな気持ちがどんな風にも心を動かすんだ。
「おい、まだかよ?」
「も、もう少し」
「あーあ、そうこうしてる間に終わっちまうな」
「や、やだ!出来た、出来たから行こう!」
いつものように接しながら、いつもより素直な気分の夜。
おれと琴子は笑いあいながら屋外へ飛び出す。
「お前その格好、流石に寒いだろ。早くコート着ろよ」
ノースリーブのドレスにロンググローブ、首元だけはファーを巻いて暖かそうだが、琴子の姿は流石に寒々しい。
「大丈夫。寒くなったらちゃんとコート着るよ」
然し琴子はそんな事を言って笑うとおれの腕をそっと手をとる。
「ほんの少しだけこうさせて。ね?」
メリークリスマス、と言って見上げてくる琴子の瞳は、色んな光が入り込んでキラキラとしている。
冷たい外気に絡んできた腕は想像以上に暖かく、愛おしかった。
お付き合い頂きありがとうございました!
最後をお読みになって「あ、もしかして?」と思って下さった方がいらっしゃると嬉しいです。
そうです。このお話はchan-BBさんの2周年のお祝いに差し上げたイラストを描きながらなんとなくし始めてしまっていた妄想です(笑)
山なし、谷なしの展開はいつもの事ですが、一通り書き上げた時は「やれた!」と思いました。
で、読み返すと「あちゃーー・・・」って感じ(^_^;)これで『贈り物』だなんて恥ずかしいです。すみません!
再度ご挨拶にはまた沢山のコメントを下さりありがとうございました。
そしてこの話の修正に手間取りまだお返事出来ていない事、お詫び申し上げます。
これから少しずつさせて頂きますのでお待ちくださいね(*^_^*)
それでは皆様、メリークリスマス!
