0512345678910111213141516171819202122232425262728293007

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

THE VOW 3

「イタキス Zircon Wedding 2012」

(上のバナーからemaさんが012年7月にemaさんが発行された「suite kiss」の再録ページに進めます♪)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








タクシーの車窓から眺める都内屈指のオフィス街は、近頃の不況の所為か幾分ビルから見える灯りが少なかった。
抑えたボリュームで流されるAMラジオが午後8時の時報を知らせるのを耳にしながら琴子は過ぎ行く景色を見るともなく見る。
どうやら風が強くなってきたようで、街路樹の葉がざわざわ音を立てながら揺れている。


タクシーはとある大きなビル――その天辺には大きく【PANDAI】と社名の看板がある――の正面を通り過ぎると穏やかな坂道を下り地下駐車場脇のロータリーでハザードを出し停車した。会計を済ませると後部左側のドアが開き、人の良さそうな初老のドライバーが「ご乗車ありがとうございました。どうぞお忘れ物のございませんように」と丁寧な口調で琴子に微笑みかける。

「ありがとうございました」

琴子は礼を言って降車すると辺りを見回し夜間社員通用口を探した。一つ冷たい風が吹き、先程山下が丁寧にブローしてくれた髪と薄手のコートをふわりと靡かせ、小さく身震いする。
ほどなく薄暗い明かりの下にある小さな案内看板を見つけるとそちらに足を向けた。



「あの、ここで受付して入るように言われたんですが・・・、えっと私、相原琴子といいます」

ドアを開けてすぐの場所にある守衛室の警備員に少々緊張ながら申し出ると、警備員は何か用紙を確認した後、頷いた。

「入江社長代理に御用の相原様ですね。伺っております。
 どうぞこちらにご署名と入館された時刻をご記入下さい」

「あ、はい」

記入を終えると入館証と書かれたカードの入ったホルダーを渡され、首から提げるよう指示された。

「場所はご存知と承っておりますが」

「あ、えーっと・・・はい。大丈夫です」

記憶を辿り答えると「では此処が現在地です」と案内図の一角を指で指し示された。

「この通路を突き当りまで真直ぐいった後、右に曲がるとエレベーターがございます。が、この時間は夜間操業につき、入って一番右側奥のこれのみの運転となっておりますのでご注意下さい」

パンダイビルには確か6基エレベーターがあるが、この不況下こうした小さな取り組みからも経費を削減しているらしい。

「右側奥ですね。分かりました、ありがとうございます」

琴子は警備員に頭を下げると、言われた通りに通路を進んだ。
今まで何度と出入りしたビルだが、こんな場所を歩くのは初めてだったのでついついキョロキョロと辺りを見回してしまう。
ともあれ最後に此処を訪れたのは夏休みのアルバイト以来だった。
そう、たった2ヶ月程前の話である―。



エレベーターはちょうど地階にて止まっていた。

「役員階は・・・、えっとたしか24階だったよね」

琴子はそれに乗り込むと目的階を押した。扉がゆっくりと閉まっていく。
とその時、「待ってください」と聞こえた気がして慌てて開ボタンを押した。然しどうも空耳だったらしく、扉の向こうには人影はない。

「あ、あれ・・・勘違いだったかな?」思わず苦笑いを浮かべる琴子。が、直後顔を曇らせる。

(あの時は・・・、間違って閉ボタンを押してしまったんだよね)

そう、このエレベーターはかつて琴子と沙穂子が遭遇した場所だった。と同時に直樹と沙穂子がではじめて出会った場所でもある。
先にエレベーターに乗り込んでいた自分がうっかりボタンを押し間違えてしまい、危うく挟まれてしまいそうになった沙穂子を直樹が間一髪で助けたのだった。

― なんだかエレベーターで一目惚れしちゃったみたいで、そのままお見合いの写真頂いて帰っちゃった。

重樹の退院祝いのパーティーに大泉会長と沙穂子がやってきた時、沙穂子はそう恥ずかしそうに、然し花が綻ぶように微笑みながら話していた。
彼女がお見合いを断るつもりでやって来たパンダイで、意思を翻したのは決してその出来事の所為だけではないと頭では理解しながらも、琴子はあの日の自分の小さな失敗を後悔してならなかった。

― 入江くんは沙穂子さんの事好きだよ。きっとぞっこんよ。

思わず間違ったボタンを押した人さし指を強く握りしめながら、張り裂けそうな気持ちを隠し笑った残暑の午後を思い出すと、琴子は今も苦しいほど胸が締め付けられる。



もしあの雨の日、直樹が自分を駅で待ってくれていなかったら。
もし沙穂子が身を引いてくれなければ。

そうしたら今此処に自分が居るなんて事はありえなかった。

傷つけた人たちがいるからこそ、前を向いて進まなければならない―。
それは金之助に気持ちを伝えに行った日の帰り、直樹に言われた言葉だが、口にするほど容易い事ではないだけに、琴子は強い覚悟でもって頷いたものだ。

いつか誰からも直樹が選んだ相手として相応しいと認められる女性になりたい。
そして胸を張って結婚したい。
そう願った矢先に紀子から結婚式をすると告げられたのである。
当然直樹は『ふざけんな!おれはまだそんなつもりはない!』と激昂した。
周りの者も『いくらなんでもありえない』と言った。
琴子もそれは尤もだと思う。
だから、らしくもないが手放しに喜びを表しきれない。

それでも今、現実として自分達は結婚に向けて進んでいる訳で―。
紀子の仕切りの下、着々と準備は整えられている。直樹ももう抵抗する事も無く今月の21日から月末までを開けるべく黙々と仕事を片付けている。
このまま行けば予定通り式を挙げ、新婚旅行に行くのだろう。そして形式的に夫婦となる。

けれど、その後は――?

“まだそんなつもりのない”自分達が夫婦として生活するというのは一体どんななのだろうか。
はたして直樹はそんな生活を望んでくれるのだろうか。
臨んでくれないとしたら、そんな関係を自分は受け入れ続けられるのか・・・。


はぁ、と琴子は深い溜息を吐いた。

「入江くん、あたしに好きって言ってくれたの変わっていないかな・・・」

誰もエレベーターに乗っていないのをいい事に壁に身体を預け呟く。
大好きだと言ってもらったのはまだほんの1週間程前の事なのに、直樹の気持ちは早々に自分から離れてしまっている気がしてならない。


然し、物憂いな思いに耽る琴子の心などいざ知らずエレベーターは押した階にぴたりと止まると静かに扉を開いた。目の前に広がる役員階フロアの深紅の絨毯。
この奥の部屋には直樹が待っている。


(・・・弱気になっちゃダメ)

琴子は自分に言い聞かせるとエレベーターから降り深呼吸した。

(入江くんが言ってくれた事を信じなくちゃ。
 それに今は誕生日をお祝いに来たんだもん。明るくおめでとうって言わなきゃ!)

自らに発破をかけるとバクバクと煩い心臓を鎮めるように胸を押さえ足を進める。
扉の前に着いた。コンコンと扉を叩く。
「どうぞ」と中からよく知る直樹の低く落ち着いた声が返ってくる。

「し、失礼します。こんばんは」

琴子はドアを開けると挨拶をした。思わず上擦った声が出て顔が赤くなる。
部屋の奥の大きく重厚なデスクには、キーボードを叩くのを止めこちらに視線を寄越す直樹の姿があった。





「今日はまた急な訪問だな」

「ご、ごめんね。急に押しかけちゃって」

「・・・もう慣れたよ。お袋の強引さには」

謝る琴子に直樹は小さくかぶりを振ると立ち上がり、「そっち座れよ」と促した。
自分も立ち上がりソファーに移動する。
今から少し前に掛かってきた電話でのやり取りが思い出され、思わず眉間に皺が寄ってしまうのを自覚する。



『これかれ琴子ちゃんがそっちに行きますから』

そう紀子から問答無用の電話が掛かってきたのは、臨時の役員会議が終わり執務室に戻ってすぐの事だった。

『何で?』

『今日お兄ちゃん誕生日でしょ?私からのプレゼントよ』

『確かに誕生日には違いないが、何で琴子を送り込むのがプレゼントだと言うんだ?』

ホホホと笑う母の声は大抵いつも苛立ちを運んでくるのだが、今日は一段とこめかみがぴくぴくと痙攣するのを直樹は感じる。

『大体ここは会社なんだ。もうバイトでもないあいつがホイホイ遊びに来ていい場所なんかじゃない。人目ってものも考えてくれ』

まったく曲がりなりにも社長夫人だというのに、紀子のこの傍若無人さは一体どうしたものかと頭を抱えずにはいられない。

然し紀子はあくまで自らが正論とばかりに『ええ、そんな事百も承知よ』とのたまった。

『だから今こうしてお兄ちゃんに直接連絡してるんじゃない。あなたならなるべく琴子ちゃんが目立たないよう入れるように手配してあげられるでしょう?』

つまり、直樹に何とかしろと強要しているのであるが、ここで拒否しようが反論しようがまるで無駄な事を直樹は過去の経験から百も承知している。

『ったく、分かったよ!』

直樹は早々に折れると今から30分後にこちらに到着するよう紀子に告げた。
その際琴子には入館には地下の夜間社員通用口を使うよう厳命し、投げつけるように電話を切る。
そして髪をくしゃくしゃと掻き乱しつつ再び受話器を上げ、今日は緊急を要す仕事をもった社員以外は今すぐ退社をするよう各部署に連絡を入れてほしいと秘書に伝えた。
次に守衛室の内線をコールし、これから来訪者がある旨を連絡したのである。
まったく、紀子の一声はそんじょそこらのお偉方より余程の権力を持っているのである。



「それ、もらえる?」

直樹は緊張した面持ちの琴子の向かいに座ると片手をスッと差し出した。

「へ?」

キョトンとする琴子に「それだよ」と琴子の膝に乗せられた大きな紙袋を指差す。

「電話でお前が食いもん持って来るって言うもんだから、弁当買いに行くの止めたんだよ。
 昼飯以降何も食ってないし、腹減ってんだ。だから早く食いてーんだけど」

「あっ そ、そうだよね。ごめんね!」

直樹の言葉に琴子は慌てて謝ると跳ね上がるように立ち上がり紙袋の中に手を入れた。

「あの、ささやかだけど二人でパーティしなさい、っておばさん・・・じゃなくてお義母さんが打ち合わせの後デパートに寄って色々買ってくれてね。
あ、打ち合わせってけ、結婚式の打ち合わせなんだけど・・・」

「分かるよ、それくらい」

「そ、そうだよね。入江くん天才だもんね、分かるよね!」

「・・・天才とか関係なく分かるだろ、フツー」

「あ、そ、そっか。分かるか・・・」

エヘへと照れ笑いを浮かべつつ様々なデリをテーブルに並べていく。
最後にシャンパンを取り出し直樹に手渡す。

「ケーキも本当は持っていきなさいって言われたんだ。でもさすがに食べきれないかなぁって思って断ったの」

「ケーキなんていらねーよ。つかそれより、なんで酒なんか持ってきてるんだ?
 おれ、まだまだ仕事中」

「う、うん。でもあったほうがお祝いっぽいでしょ?
 それに入江くんお酒強いし」

「ったく」

ボトルを受け取りつつ直樹は肩をすくめた。
が、然程嫌な気はしていなかったりする。
幾ら悪態ついたとて、こうして琴子が今自分の目の前にやってきてくれたのが本当に面倒だなどと何故思えるだろうか。
それでも素直な言葉や態度が出ないのは言わば母への最後の抵抗と照れ臭さゆえ。

「あ、あとね、これはあたしからのプレゼント」

「ふぅん、毎度マメだな」

「何が良いか分からなくて、来年の手帳なんだけど」

「開ける前からバラすなよ」

「あっ ご、ごめん!」

「別にいーけど」

然し顔を真赤にする琴子にとうとうクスッと頬を緩めると「ありがとう」と伝えた。

「ど、どういたしまして!あの、お誕生日おめでとう。入江くん」

「今朝も聞いたよ」

はにかんだ笑顔を見せた琴子に少し目を細める。
こんな風に誕生日を祝ってもらえる事を嬉しく思う日がくるなんて、ほんの少し前までは想像もしなかった直樹である。


「折角だし、これも開けるか」

直樹はシャンパンを箱から取り出すとボトルを両手で包み親指をコルクに掛けた。
ポンと音を立て栓が開けられる。

「あ、これコップ!うっかり買い忘れてタクシーの運転手さんにコンビニ寄ってもらったの」

「天下のクリュッグが泣くな。けどここじゃ他は湯呑みくらいしかねーしな。ま、いいんじゃない?」

琴子がごそごそと取り出した透明のコップに注ぐとパチパチと細かい気泡がパチパチと祝福の音を奏でた。

「じゃ、とにかく乾杯とするか」

「う、うん!」

二人はそれぞれカップを手にとるとそれを高く上げ重ねた。するとテーブルの上にいびつなハートの影が出来る。

それはこのささやかなパーティの始まりの合図となった―。


テーマ:二次創作:小説
ジャンル:小説・文学

コメントの投稿

secret

top↑

comment

拍手コメントありがとうございました

> おばちゃんです。様

こんにちは。そうですか、読み逃げでも全く構いませんよ(笑)
直樹の誕生日には間に合いませんでしたがなんとか全話更新出来ましたので、よければお暇潰し程度にお付き合いくださいね。

コメントありがとうございました

> YKママ様

こんにちは。YKママさんも毎回楽しいコメントで励まして下さりありがとうございました^^
そして色々教えて頂きまして^^;こちらこそすみません。よくあるんです。恥ずかしながら・・・(汗)

YKママさんには「Suite Kiss」に載せて頂いたお話から2度に渡ってお付き合い頂いて。
あとがきにも書きましたが、スランプ真っ只中だったのに加えプライベートでもちょっとキツイ時期の執筆だったとはいえ、なかなか納得のいく状態でお渡しできなかったのが残念であり情けなかったりもしたのですが、微妙な心の機微を感じて頂けたとお聞きし大変嬉しいです。
そして今回の改訂版をさらにパワーアップと感じて頂けた事、本当にホッとしました^^

この回に書いて頂いたのは、結局5話(←本当に“次回”続きになっちゃいましたね^^;)でUP出来ましたが、あの衝撃の(?笑)告白をする前に今回はまだまだ本心を見せない直樹でした。
そうそう、筋金入りの天然だから1から10まで教えてあげないとなんですよね。うふふw

ではまた次回のお返事させて頂きますね。ありがとうございました^^

コメントありがとうございました

> 紀子ママ様

こんにちは!昨日は最終回にコメントをありがとうございました!
毎回紀子ママさんの楽しいコメントに笑い励まされた^^

さて、今さらながらのお返事になって申し訳ありませんがこちらから☆
エレベーターでの琴子ちゃんの回想は切ないですよね。そう、琴子ちゃんは入江くんの気持ちを分かっていないんですよね。まだまだ自分の事をほんとに好きなのか分からなくて、でも一番に考え優先したいのは入江くんの気持ちで。優しいいい子ですよね。

で、入江くんはそれに甘えてきちんと説明しようとしないし^^;でもちょっとツンデレ風味でしたよねw


また次回のご返信もすぐさせて頂きますね♪

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

プロフィール

ぴくもん

Author:ぴくもん
ご訪問頂きありがとうございます。
こちらは漫画好きの管理人・ぴくもんの創作ブログです。
各ジャンルの原作者様、著作権者様・出版その他関係者様等とは一切関係ございません。
原作のイメージを大切にされる方や二次創作を理解されない方、不快に思われる方は、此処でお引き返し下さい。
拙い作品ばかりですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


詳しくはこちらをご参照下さい。

カテゴリ

最新記事

online

現在の閲覧者数:

LINK

◆日々草子 (水玉様)

◆kiss shower (幻想夢 影菜様)

◆ 玉響のキセキ (ほろほろ様)

◆イタズラ★Days (ha様)

◆こんぺい糖と医学書 (千夜夢様)

◆Embrasse-moi (えま様)

◆ぼんやり日記 (よもぎ様)

◆雪月野原~snowmoon~ (ソウ様)

◆HAPPY☆SMILE(narack様)

◆*初恋*(miyaco様)

◆みぎての法則(嘉村のと様)

◆φ~ぴろりおのブログ~(ぴろりお様)

◆真の欲深は世界を救う(美和様)

◆むじかくのブログ(むじかく様)

◆つれづれ日和(あおい様)

◆イタKiss~The resident in another world ~(九戸ヒカル様)

◆Snow Blossom(ののの様)

素材拝借サイト様

Dolce様

空に咲く花様
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。