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カーテンから差し込む光が眩しい――。

身体は未だ睡眠を欲しているが、無理やり目を開ける。
目を開けると・・・、隣には琴子が眠っている。

今、俺は琴子の部屋に居て、そしてこの家には俺達以外誰も居ない。
17の男女が、だ。普通に考えれば如何わしい事の一つや二つやってもおかしくない。
でも、あえて言わせて貰う。
俺達の間にやましい事など、何ひとつ無い。


机に突っ伏して眠っていた為身体があちこち痛い。
結局、宿題を終えるのにほぼ徹夜し、疲労感から少しだけのつもりで眼を瞑ったはずが、すっかり眠ってしまったらしい。

それにしても、本当にとんでもない奴だ。

夏休みの宿題を最後の2日間で済まそうなんて、お前は‘サザエさん’のカツオかよ。
こんな奴の相手なんてしてられないから、夕飯のときに助けを求める素振を見せられても一蹴してやった。
割とあっさり引き下がったのが少し詰らない気がしたのは、きっと気のせいだ。

でも、夜中に俺の部屋へ忍び込んで来た時、狸寝入りをしながら俺はほくそ笑んでいた。
何に期待していたというのか。
琴子が俺を頼ることを、俺は求めているというのか・・・は、まさかな。

隣で未だすやすやと眠っている琴子に目をやる。

自分の腕を枕にして眠っているその顔は、少し微笑んでいるようで、無邪気な表情。
ったく…餓鬼っぽい奴。見た目も、中身も。
昨日からかって押し倒してやった時のあの反応…今思い出しても笑える。
でも…もしもあの時琴子があっさり受け入れていたとしたら?
俺はその時どうした…?


上体を起き上がらせ、頭を振る。

一体何を考えているのか、俺は。
今、琴子の事ばかり考えてしまうのはきっと寝不足の所為だ。

もう一度、まだスヤスヤと眠っている琴子を振り返る。
カーテンの隙間から差し込む光が、琴子の色素の薄い髪を金色に見せる。
柔らかそうで触れてみたい騒動に駆られ、手を伸ばしかけた時――――


その黄金色の毛束の向こうに見える置時計の針が、意識を覚醒させた。
現在の時刻―――― 7:50AM ――――

ガタン!!!
勢いよく立ちあがったために椅子が倒れて大きな音をたてる。
その音で琴子も、寝ぼけ眼ながら漸く目を覚ました。

「ん…なぁに…?」

「琴子、起きろ。遅刻するぞ」

「へ…?」

「7:50だ。始業式まで1時間切ってるぞ」

時間を聞いてやっと意識がはっきりしたらしい琴子は、

「ど、どどどうしよう!!朝ごはん作ろうと思っていたのに…!」

何で今そんな事を一番に考えるのか、全く謎な奴だ。

「朝飯なんて悠長な事言ってる場合か!あと15分で用意しないと間に合わないってのに。お前先に洗面所使え!俺は着替えるから、それまでに済ませろよ!」

「は、はい…!!」

俺の叱咤で琴子はピョン!と立ちあがり、洗面所に走って行った。
自分も部屋に戻って乱暴に服を脱ぎ、制服に着替える。

「い、入江君!!洗面所あいたよ!」

「ああ、分かった」

琴子の部屋の扉が慌しく閉まる。これからあいつも大慌てで身支度を整えるのだろう。

顔を洗って歯を磨き、取りあえず出掛けられる状態になった。

「おい!準備できたか?行くぞ」

「ま、待って!私も今できたから…!!」

琴子が階段を駆け降りて来る。短いスカートがひらひら揺れた。

見てはいけないものを見た気がして玄関に体を向け、ほら行くぞと言って扉を開ける。
9月1日。まだ外は蝉が五月蠅く鳴いている―――


***

始業に間に合う電車に滑り込み、漸く2人安堵の溜息をつく。

「はぁ…何とか間に合いそうだね…」

「ったく、お前が夏休みの宿題をこんなギリギリまで放っておかなければ、こんな事にならなかったのにな」

「は、反省しています…それにしても…朝ごはん、ちゃんと作って入江君を見返そうと思ったのに」

シュンとして答えたかと思えば、まだそんな事を言っている…どうやら夕飯の失態を挽回したかったらしい。

「バーカ。食えるもの、作れるのか?お前」

「し、失礼ね!朝ごはん位なら私にだって…!」

「どうだか」

「…あ、あのね?入江君」
急にもじもじする琴子に俺は眉をひそめる。

「何」

「さっき、私を起してくれた時、入江君、私の事名前で呼んでくれた…?」


「…知らね。―ほら、もう着くぞ」

電車が高校のある駅に着いた。ここからもまた早足で歩かなければ間に合わない。
俺の背中を琴子は小走りで追いかけてきた。

生徒用玄関に入った時、始業式のために講堂に集まるようアナウンスが流れた。

「…ふう。ギリギリ、セーフだね。お疲れ様、入江君」

「…お前も、な」

靴を履き替えていると聞きなれた声がした。

「あれ?入江、おはよう。遅刻ギリギリなんて珍しいな…って、琴子ちゃんも?2人お揃いで?」

「渡辺か。おはよう」

「あ、渡辺さん…おはよう!」

渡辺が驚いたように、でも何やら楽しそうに話しかけて来る。

「へ~、夏休みの間に仲良くなったんだな!」

「えへへ、そんな・・・」ニヤける琴子の言葉の上に言葉を被せる。

「んな訳ねえだろ。今朝も迷惑被っただけだよ。ほら、講堂行こうぜ」

渡辺を促してさっさと琴子に背を向けると、いつものように、弾んだ声が降ってきた。


「入江く~ん!ほんとにありがとね~!!」


「……。だから話しかけるなって言ってんのに…」

呟く俺を渡辺が意味ありげに見て来るが、あえて何も言わず、聞かずにただひたすら前を向いて歩いた。



***


始業式も終了し、講堂から生徒が吐きだされていく。
その流れに従って出口に進んだ。外に出た瞬間、眩しい太陽の光に目が眩み、俺は片手で光を遮った。

まだまだ蒸し暑い9月の初めの日。
おまけに寝坊で今朝は水一滴飲んでいない。
喉が、体が、水分を欲していた。


「入江く~ん!!」

…まただ。だからそんな大きな声で話しかけるなって言ってるのに。

「なんだよ」
睨むように鋭い目で琴子を見る。しかし、いつの間にやら琴子はこんな俺の表情になんてビクともしなくなっている。

「あのね、今朝何も食べなかったどころか、お水も飲めなかったでしょ?だから、はい、これ。昨日のお礼も兼ねて」

顔を真っ赤にさせながらも、にっこり笑って差し出された琴子の右手に掴まれているもの…
それは紙パックのコーヒー牛乳――

「なんでコーヒー牛乳…」
こんな甘ったるい飲み物を、この蒸し暑い気候に。勘弁してくれ。

「だ、だって自動販売機にコーヒーは売ってないから。…だからコーヒー牛乳なら似てるかなって」

「いらない」

「あ、それなら私用に買ったんだけど、こっちは…?」

琴子の左手に握られているもの。…いちごミルク。

「もっといらない」

がっくりと肩を落とす琴子の背中のもっと先から、如何わしい大阪弁が聞こえてくる。


「琴子~。何してんねん、今日は俺と琴子が日直やから宿題集めなあかんやろ」

「あ、そうだった!」

「それにしても嬉しいなぁ。琴子と一緒の日直。相原と池澤やから、出席番号1番同士やもんなぁ。おお、これは天才はんやないけ。天才はんは例え同じクラスになっても入江、やから琴子と出席番号一緒にはなられへんでぇ」

「バカバカしい。俺とお前らが一緒のクラスになるわけないだろ。渡辺、行こう」

「あ、ああ」

渡辺はちょっと琴子を気にしながらも俺と並んで歩き始めた。

「い、入江君…」

琴子の少し泣き出しそうな声が聞こえるが、気にしない。とそこにまた金之助の声が聞こえる。

「お?琴子どうしたん、2つも飲みもん持って。そうか~、俺にくれるんか?気ぃ利くやっちゃなぁ」

「こ、これは入江君に…!」

「でも、あいつ行ったで?なんやったら俺買い取るで」

「う、うん…」


足が立ち止まる。
「・・・・・。渡辺、先行っててくれ」

「あ、ああ分かった…」
渡辺の声が後ろから聞こえた。



「琴子」

「え?何。入江君?」

踵を返して自分の方に歩いてくる俺に、琴子は目を丸くさせて驚いている。

「ほら、それ寄こせ」

「な、何?」

「お前の右手の」

「え…?あ…これ?」

「そう」
そう言って俺は中途半端に差し出されている琴子の右手からコーヒー牛乳を奪う。

「な、なんやねん!お前要らんかったんちゃうんか!?」

「まあね、たしかに要らない。けど…」
そう言いながら俺はストローを薄い袋から出して、ストロー口に差し込む。


「これは、昨日の夜の俺の報酬だから。そうだろ?琴子」

そう言って、この甘ったるい飲み物を一気に吸い込んだ。
喉に直撃する水分。それは今までの渇きを一気に潤した。

「な…、お前、やっぱり琴子に気ぃあるんやろ!?しかも昨日の夜ってなんやねん!!?」

「き、金ちゃん。ち、違うのそれは…」

「琴子」

「は、はい。何?入江君」

「喉の奥が甘ったるい。責任とれ」

「そ、そんな。どうやって」

「昨日の報酬、これじゃ足りねえよ。あともう1つ、水奢れ」

「あ…うん!わかった!!」

「ほら、行くぞ」

俺はコーヒー牛乳のパックを軽く握りつぶしてゴミ箱に放り投げる。ガコンと金属音がした。
さっさと歩き始める俺を、琴子がパタパタと追いかけてくる。

「琴子、日直…!!」

「ごめん金ちゃん、あとで直ぐに行くから!!」
そう言い置いて、琴子は俺の隣に並んだ。

「ねえ、入江君」

「何」

「入江君、やっぱり私の事、名前で呼んでくれた」

「そうだっけ」

「そうだよ。嬉しい、これからも、そう呼んで欲しいな」

「…知らね」

快諾はしないが、否定もしない。
確かに俺にとって、琴子は琴子と呼ばざるを得ない存在になっている――。





甘いの書いた後はさわやかに!これもパターン化するのでしょうか^_^;
入江君が初めて琴子を名前で呼んだ時の妄想です。
心の中では、とっくに呼び捨てしていたと思うんですけど、口を吐いて出たのはこの位の時期かなぁ、と思いました。


2巻スキマ  コメント(7)  △ page top


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::Re: ちゃとら様
> ちゃとら様

とても懐かしいお話にコメントお寄せ下さりありがとうございます^^
琴子ちゃん、名前で読んでもらえるようになって良かったですよね♪もっとも、入江くんは口にこそしたことなかったけど、心の中では既に「琴子」呼びだったと思います。
拍手、いつの記事でも押して頂けるととても励みになります!良かったらどうぞ押してやって下さいね。
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::承認待ちコメント
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::拍手コメントありがとうございます!
Fox様

こんばんは!いえいえ、ストーカーなんてそんな~~(^m^)これからも宜しくお願いします☆

原作で初めて入江くんが琴子を呼び捨てにするのはF組全員で入江くんのお家に押しかけて試験勉強を教えるシーンでなんですが、何ともあっさりと描かれていて…(笑)
ならばもう少し前に何かエピソードがあるはず!と思って書いた作品です(^^)やっぱりきっかけは金ちゃんにしたかったんですよ~♪ちなみにこの頃は金ちゃん、自分の事「わし」じゃなくて「おれ」と言ってるんですよ!UP後に気がついて修正かけました(^_^;)
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::コメントありがとうございます!





繭様
こんばんは♪
コミック読み返して下さったんですね!
私もいつかな?と確認したんですが…確か、皆に勉強教える羽目になった時、ですよね?
確かに誰も反応しないんですよね。それに、その後も相原とか琴子とか混ざってるし。
その時々の感情で呼び方が変わる微妙な時期だったのかな…。
でも、好きな人に初めて名前で呼ばれたら、感動ってありますよね。だから、琴子も その瞬間には敏感だったのでは…と思い妄想しました。
入江君は…無意識だった気がします^_^;

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::拍手コメントありがとうございます!!
今回の話で、お口直しして頂けたみたいで良かったです(^^)v
実は書いていて何ですが、この頃の入江君の気持ちは良く分からないです(^_^;)で、その気持ちのまま書いたら、皆様のコメント其々に『あ~、成程~!』と思いました。それでは↓よりコメントお返事です♪

まあち様
こんばんは!
まあち様はこの頃から入江君は琴子の事が好きだった派(どんな派!?)なんですね♪そうすると、無自覚だけど、好きで…と考えると、入江君の色々な行動が可愛く見えちゃいますよね(*^_^*)
渡辺君のチョイ出演にもご反応下さって(笑)ふふ、ありがとうございます♪♪

nomari様
こんばんは♪
そうですねぇ。本当に少しずつ琴子の存在が大きくなっていったその始まりの頃なのかもしれないですね(^-^)
青臭い(笑)本当に!!私もそんな年代が眩しいです~!

藤夏様
こんばんは♪
まさに私の狙い通りに直樹を爽やかに感じて下さって!嬉しいです(*^_^*)
紀子ママ、2人の進展を邪魔する時もたまにあったけれど、やっぱり彼女の存在無しには上手くいかなかったかも!
「嬉しいな…」~「…知らね」にはまって頂けましたか?(^^)vワーイ
ホント、若いって素敵!!もう一回するのはしんどいけど(笑)
藤夏様のコメントこそ爽やかで癒されました~。ありがとうございました!!

なおき&まーママ様
こんばんは♪
カキチョコ(笑)いいですねぇ(*^_^*)この歳ならではですよねぇ(遠い目)
なおき&まーママ様もこの時期には直樹は琴子にフォーリンラブ派(なんだこの表現(*_*))なんですね♪
私はもう少し後かなぁと思ってるんですが、間違いなく他よりは一抜けの存在ですよね。まだまだあるか、妄想ポイント…また読みます(*^_^*)

Chan‐BB様
こんばんは♪
17歳に興奮(笑)!!確かに分かる~若いですよね、青いですよね17歳!!ダブルスコアまであと○年…(^_^;)
成程、Chan‐BB様はまだ派ですね!
琴子だからこそ、初めて気になる異性になり得たとは思います。が、まだここは記号ではない存在…みたいな私の自分でも良く分かっていなかった事がChan‐BB様のコメントで見えてきました。
しかし、甘いものの後には違う方向を書きたくなりますよね!Chan‐BB様の振り幅の広さは羨ましい!私もラブコメっぽいのかきたいんですけどねぇ。なんか湿っぽい(^_^;)
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