::花見の夜
ふっと思いついて。
オチもなにもありませんが・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ねぇ入江くん、少し話があるの」

「・・・何?」

「ここではちょっと。もっと静かなところで――、出来れば二人きりになれる場所がいいんだけど」

まだ夜気が肌寒い春の夜だった。
行くつもりなど無かったのに、琴子の予言通り須藤さんに拝み倒され無理矢理参加させられたテニス部の花見。
不機嫌を隠さず桜の木の下で酒を飲んでいると、松本に声を掛けられた。
ストレートな提案はもう既にその先の告白を暗に意味していて、正直あまり気乗りはしなかったが俺は直ぐ「分かった」と頷き立ち上がった。
これまでも分かりやすく好意を伝えてきた松本だったが、今日がいつもと違うのは明白だったから。
プライドの高い彼女の選択らしい赤い口紅が引かれた唇がきゅっと真一文字に結ばれている。
これまでのように適当にあしらう訳にはいかないだろう。

「近くに車を停めてるから」

そう言って歩き出す松本の後ろをついて歩くと、遠ざかっていく騒々しい声に代わってジャリジャリと靴が砂を踏む音。
やがて見覚えのあるポルシェが遠目に見える。

「とりあえず出すわね」
松本はシートに座るなりアクセルを踏み込みこんだ。
その後言葉を発さないのは運転に集中しているからだろうか。
いずれにせよ張り詰めている筈の空気をオープンカーが和らげてくれるのは助かった。
風は正直冷たかったけれど。

少し走ったところで適当に大きな公園を見つけ、松本は路肩に車を停めた。

「・・・どうする?このまま話したほうがいい?」

尋ねられ「いや・・・、降りて聞くよ」とドアを開ける。このまま話を始めてしまわれると降りるタイミングが難しくなるだろう。
松本が「分かったわ」と言ってエンジンを切る。
園内に入ると俺は適当なところで足を止めた。

「ここでいい?」

「・・・ええ」

松本が伏目がちにコクリと頷く。そして徐に口を開いた。

「― あたしの気持ち、知ってるでしょ」

「・・・あぁ」
今さらシラを切る気はない。もしも付き合って欲しいと言われればNOと答えるつもりで俺は彼女の次の言葉を待った。
が、長年鬱積していたであろう松本の問いはもっと核心を求めていた。

「ねぇ、今日は入江くんの本当の気持ちを聞かせて。あたしのことどう思ってるの?それともあの娘が好きなの?」

普段はライバルとしてなどまるで気に留めてない風に装っている琴子の事をどう思っているのか率直に訊いてくる。
それはきっと俺の態度から訊かざるを得ないと感じたからなんだろう。
やはり第三者から見ても俺の琴子に対する態度は図りかねるんだな、とやけに他人事のような分析が頭を過ぎる。

「・・・・・・。分かんないよ」
が、当事者としては結局そんな答えしか出せなかった。

「いま興味はあるのは医学書だから」
その言葉は決して嘘ではない。
俺が今優先させるべきは恋愛なんかじゃなく、漸く見つけた夢に向って前進すること。
最後にこれまでもこれからも絶対に変わらない真理を伝えることにする。

「松本の事は友達以上には思えな・・・ ―――!!」途中で俺の言葉は遮られた。

「・・・松本」

「― あたし、入江くんのこと本当に・・・。諦めるなんて出来ないわ」

松本の声は少し震えていた。首に回された手も。
今さらであるが押し付けられた体はそれだけで女らしいボディラインと分かる。似合うと確信して選びぬいたであろう香水の匂い。
男ならこうして迫られれば大抵堕ちるだろうな――、そう思わせる視線でこちらを見つめてくる。
松本の手に俺を引き寄せるように力が少し入るのが分かる。
普通ならこのままキスするんだろうな・・・。またやけに他人事のように冷静な予想が自分の中で生まれるのを感じる。

「・・・もう気がすんだ?」
俺はそう言って松本を制止すると体を離した。

「入江く・・・」

「悪いけどお前とそういう事したくないんだ」
はっきり伝えると驚きで丸くなっていた松本の眼にみるみるうちに怒りの色が満ちる。

「・・・じゃあ誰とだったらキスするのよっ どうして私じゃダメなの!?」

「― キスしたよ」

俺は迷う事無く答えた。

「琴子とキスした」

ざわざわと公園の木が風に煽られて葉を揺らす音が聞こえる。あの夏、琴子にキスしたときにも似たような音が耳を通り過ぎた。
あどけない顔で眠っている琴子を見つけて、キスをしない選択が見つからなかった。
その後聞こえてきた子供達のかくれんぼで遊ぶ声まで脳裏に蘇ってくる。


「・・・そうなの」
松本は呆然とした顔のまま呟いた。

「よく分かったわ。でもあたしの気は治まらないわよ!」

送らないと言い残してその場から走り去っていく。
確かに、彼女の立場からすれば納得いかないだろう。
どう思っているかと訊いた分からないと答えるのにキスをするのなら琴子だと言う。
でも仕方がない。

『― もういいかい』

『― まぁだだよ』

いま俺はやっと見つけた夢を追うオニの役目で精一杯なのだから。




エンジンがかかり、大きな排気音を立てて松本の車が去っていくのを聞き俺は漸く一息吐いた。
が、次の瞬間眼の端に入った靴の裏にギョッと目を見張る。

「・・・何這いつくばってんだよ」怒気の籠った声で話しかけるとその靴の主はビクッと体を震わせた。

「あっ あたし――」

「人の色濃い沙汰聞いてんじゃねーよ」

「ご、ごめんなさい・・・。あ あたし心配で」

ったく、だからって結った髪をぐしゃぐしゃにしてまでこんなところまで追いかけて来やがって・・・。
その根性に呆れると同時に気配に気付かなかった自分にも腹が立つ。
思い切りコイツの事を話しているところを本人に聞かれちまったってことかよ!?

「勝手に心配しとけば」

何か改めて確認されるのは御免だ。俺はイライラと言い捨て、通りかかったタクシーを捕まえた。
すると乗ろうとした瞬間「い 入江くん!」と必死な声で呼び止められる。

「・・・一緒に乗っけてもらえないかしら・・・。お金ないの」

「・・・・・・。」

その間抜けすぎる懇願に俺の怒りの感情は急速に萎えた。
まったく、向こう見ずにも程がある。
もしも俺が松本とどうにかなっていたら、ほんとにコイツ、どうするつもりだったんだ――?!

「・・・乗れよ」

俺は不機嫌を隠そうともせず顎をしゃくった。
おずおずと乗り込んだ琴子に続いてタクシーに乗り込み、ドライバーに行き先を告げると分かりやすく大きく大きな溜息をついてやる。

「安心した?俺と松本がキスしなくって」

嫌味のひとつも言ってやりたくて尋ねるとしゅんと頭を下げる琴子。

「・・・だけどあーんな古い話持ち出しちゃってさ」

「え?」

「・・・だってもう2年も前のことでしょ・・・?」

その言葉で俺はハタと気付いたのだった。
琴子は俺の気持ちに相変わらず何も気付かないオニなんだ。
それもその筈、琴子にとって俺のキスは卒業式にしたあのキスしかないのだから。
なんだかおかしい気持ちになった俺は思わずクスリと笑みを浮かべた。

「あーそうだな。2年も前じゃあな。もう時効か」

そう言っても琴子が忘れられる訳がないのはよく知ってる。
琴子が物言いたげな視線を寄越すけれど知った事じゃない。

(今回やらかした事の罰としてもう少し悶々としてろ)
俺は心中で毒づくと瞼を閉じた。

「家着く少し前に起こせよ」

「・・・はぁい」

けっこう気疲れしていたせいか睡魔はすぐ訪れた。
自然と体が琴子側に傾いてしまったのは何となく分かっていたが、俺はそのままお構いなしに琴子の肩を借り続けることにする。
琴子の崩れたシニヨンからは匂いなれたシャンプーの香がした。




家に帰ると俺と琴子が揃って着たくしたことにお袋はたいそう喜んだ。

「二人で帰って来るならもっとのんびりして来れば良かったのに~。なんならお泊りしちゃっても良かったのよ~♪」

2月の半ばに実家に戻ってからというもの、成人式の日に大喧嘩した理由をすっかり忘れたかのように俺と琴子をくっつけようと躍起になっていて言動はこの通りだ。

「いい加減にしろよな、そういうの」

「あん、だってこうして言わなきゃお兄ちゃんも琴子ちゃんもいい歳なんだから~」

「ったく付き合いきれないね」

俺は首をすくめると早々に風呂に入る支度をした。
実家は相変わらずお袋が煩いし琴子に世話を焼かされることも多いが、なんだかんだで一人暮らしの時より随分快適な部分も多かった。
こうして夜遅く帰ってきてもすぐに温かい湯に浸かれる事もそう。

「あ、お兄ちゃん。私はもう寝るから、上がったら琴子ちゃんにそのこと伝えてあげなさいね」

「あぁ、分かったよ」

お休みと言って脱衣所に鍵を掛ける。
花見の所為で服は若干砂まじりのような気がした。恐らく髪や顔もそうなっているに違いない。
俺はそれを洗い流そうとシャワーのレバーを大きく捻ったのだった。


数十分後、すっきり温まった体にホッとしつつ俺はお袋の言伝通りに先ず琴子の部屋に足を向けた。
すると琴子の部屋から廊下に灯りが漏れているのが分かる。どうやらきちんと扉を閉まっていないらしい。
多分閉めているつもりなのだろうが、相変わらずのうっかり者だと呆れてしまう。
同い年の男とここ最近同居が再開した事をコイツはどれだけ意識しているのだろうか。
まぁ何かしようというつもりは今のところないとはいえ。

開いているとはいえ先ずはノックするべきだと思い、扉に軽く握った手の甲を出したその時だった。

「―うん、そう。いまにもしそうな雰囲気だったけどキスはしなかったの。・・・うん、はっきりは分からないけど、入江くんが松本さんを止めたように見えた」

琴子の声が聞こえて思わずその手を止めてしまう。

「―そうなの。松本さん、『じゃあ誰とならするのっ?』って入江くんに詰め寄って――、そしたら入江くん、あたしとキスしたって言ってた」

「―うん、あの卒業式以外した事なんてないよ。・・・そう、だからあたしもそんな昔の話って入江くんに言ったわ。
 ・・・え?そりゃ思ったわよ・・・、“もっと新しい話にしてほしい”って。
 ・・・や、やだぁ、言えるわけないじゃないっ!?あれはただのイジワルでされただけだし・・・、もし本気で言っても断られるだけだよ。だって松本さんに迫られても断ってたんだよ?」

「―うん、とにかくこれからも頑張るしかないかなぁって。・・・ん、ありがと。え?あっ そうなんだ、明日良くんとデートなんだ!ごめんね~遅くまで話聞いてもらっちゃって。・・・うんうん、それじゃあまた来週学校でね。はぁい、お休み~」

琴子がそう言った後、室内は漸く静かになった。
俺はというと扉の向こう側から会話を全部立ち聞いてしまったのだった。
自分の噂話をされていた所為もあったが、琴子の言葉に思わずピクリと体が反応してしまったのだ。

“もっと新しい話にしてほしい”―――。
そう真直ぐに伝えられたら、俺は・・・琴子の願いを叶えるだろうか――?

あの夏の日のように長い睫で影を作った琴子の顔に手を添え、ゆっくりと顔を近づける。
眠ったあいつじゃないのなら、重ね合わせるだけでなくその感触を味わうようにゆったりと食むのも可能だろう。
俺は・・・やはり琴子にならキスをしてしまうと思う――。


その時だった。夢想に耽りそうになった俺を覚醒させるように目の前に扉が迫ってきた。

「―――!!」俺は間一髪で後ろに下がり扉を押さえる。

「――あれ?入江くん?」

向こう側からの反発に気付いた気付いた琴子がひょこっと顔を覗かせる。

「・・・風呂空いたから伝えようと思って扉ノックしようとしたらお前が扉を開けたんだ」
俺は咄嗟に嘘をついた。
が、琴子はそれを疑いもせず信じる。

「あっ、そうだったんだ。ごめんね、気付かなくて。どこもぶつけなかった?」

「別に・・・ただ。じゃ、伝えたからな」

「うん、ありがとう。じゃあ早速入ってくるよ」

そう言うと扉を閉め直そうとする。が、またパッと開けると再びひょこっと顔を出した。

「入江くん。お休みなさい」

「あぁ・・・お休み」

答えるとニコッと笑ってまた扉を閉めた。
言いようのない疲れがまたぶり返した気がして、俺は大きく息を吐き出すと自室に早々に引きあげることにする。

夜気に当たろうと窓を少し開けると空には細い下弦の月が見えた。




「もっと新しい話にしてよ」っていう琴子の心の声を入江くんが聞いてたら良かったのになぁと思ったところから書いた話でありました。

ちょっと懐かしい【HIDE AND SEEK】のネタも入れてみたり(^^;)分かっていただけたかどうか・・・。

とにもかくにも駄文失礼しましたーーっ!
9巻スキマ  コメント(8)  △ page top


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::Re: No title
> みゆっち様

思わず原作のこのシーンを読み返して頂けたなんて、二次創作冥利につきます~^^

松本姉にあんな躊躇無くキスしたというのは確かに驚きでしたよね。
入江くんが無意識にせよ琴子は特別だと宣言したシーンでした。
とにかく心の中が読みにくい入江くんなので、このお話も私の思うところ、すなわち願望なんだよなと思います。
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::承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
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::Re:たまち様
そうですね~。この頃の松本姉は焦ってたでしょうね!
そりゃもう、綾子の目にも明らかだったくらいですもん。花見の夜、二人でもしかしたら何か話したりしたかも。
それにしても100万琴子ダメージってww
いやでも、なんか分かりやすいダメージ単位かも!

琴子の気持ちを思わず立ち聞きしてしまってるんだから直樹も相当ですよね(笑)
でもやはりひねくれてるから、そうそう簡単に新しい話にはしないと。
う~~、やっぱりそうかぁ~~(^_^;)

たまちさんも「もういいかい」「まあだだよ」のフレーズ覚えて下さってたなんて嬉しいです!
もう何年も前の創作のネタなので・・・。書いた本人は覚えていても読者の方は忘れているだろうと思っていたので本当に有難くて感謝でいっぱいです。
最後の「色々ありーので、捕まったというか逃げる事が出来なくなって捕まりにいった」ってもう、まさにそう!
たまちさん、さすがです♪
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::Re:ねーさん様
先日は「帰り道」を元にして直樹目線のお話楽しませて戴きありがとうございました^^
そうそう、前回のコメントにこのシーンの創作があるみたいですねと書かれていらっしゃったのですが、拝見した時「はて?なんの事だ?」と実はピンときていなくて^^;
自分のレスを読み返し、レスを宛てた方のコメントを遡って探し出し漸くなんの話だったのか分かりました・・・!
それで分かったのが、たしかにその頃のスキマを書かれた作品でしたが、私の創作とはまるでリンクはしていないお話だったということです^^;
でもすごく面白い作品ですよ~。その方のお話はどれもすごく好きだったんです♪

そして今回の新たな松本姉登場のお話も喜んで戴き嬉しいです^^
そうなんですよね。琴子とKISSするって言ってるのに、それでも認めない本当に微妙な時期でした。
直樹の心情を推し量るのが難しいだけに9巻はスキマを書くには難しいかもしれないですね。でももう勝手に決め付けて書いてしまえば案外書けるのかも(笑)
いずれねーさんさんは沢山書かれるような気がします(^m^)

そうかぁ、実際に新しい話にしてって言ったら逆に叶えてあげないけど、しないって言ったら奪うか(笑)
天邪鬼の真髄、ここに見たりって感じですねww
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::Re:紀子ママ様
桜の季節にぴったりのお話と言って頂き嬉しいです♪
これを書いたのは、ちょうどお出掛け中に見た桜がとても綺麗で、この季節にちなんだお話を書きたいなぁなんて思ったのもあったのですよ(^m^)

医学部に何も言わずに転籍されていたのは、松本姉にとっては重大でしたよね。
将来について聞き迫った際、直樹にいちいち報告しないといけないのかと言われたのもさることながら、琴子が少し前に直樹自身から聞き知っていた事は相当なダメージだったでしょう。
頭のよい彼女だからうすうす分かっていたことだったのでしょうが、もう確かめずにはいられない局面に指し当たった瞬間でしたよね。

直樹の返答はどこまで己の気持ちを認識したものだったのか、これはやはり難しい推察になります。
でも間違いないのは仰るとおり琴子は特別だってこと。
後日、琴子にどんな風キスだったのか聞き「これでまたやる気が出た」と笑う松本ですが、この時期から少しずつ気持ちは変わってきたのかもしれないですね。このエピがあったからこそ沙穂子さんとの縁談の時も琴子を励ましたのだと思います^^

そうそう、もっと新しい話にしてよっていう琴子、可愛いんですよね~♪
鈍くて焦れ焦れなんだけど、こういう期間好き!
鬼ごっこ、リンクしてるって嬉しいです^^覚えて下さってて感激です。ありがとうございました!
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