::アマイワナ 2/2


・・・・・・・・・・・・・・・







それから少しして、足をきれいに洗ったチビを連れて入江くんがリビングに戻ってきた。

「まだお袋たち帰ってこねーの?」

「あ、うん。そんな遅くならないって書いてあったのにね」

入江くんの質問に答えながら、あたしは入江くんがお腹が空いているのかなと思い当たる。

「あの、良かったら冷蔵庫にあるもので何か作ろうか?」

ちょっといい女風に申し出ると間髪いれず「そんな芸当お前に出来るかよ」と切り替えされた。
もう、『何だったら作れる?』とか、少しくらい乗ってくれたっていいのにね。

「だったら、ご飯じゃないけどコンビニでパフェ買ってきたからそれ食べる?」

仕方ないので最初に思い浮かんだ事をいう事にする。

「今朝テレビでCMしてて美味しそうと思ってたのがちょうど売ってたの。あ、そんなに甘くないみたいだから入江くんも大丈夫だと思う。ほんとは夕食の後に皆で食べればいいかなって思ってたんだけど、良かったら一緒に今食べない?あたし、コーヒー淹れるし」

「・・・そうだな。じゃ、そうさせてもらうかな」入江くんはパフェと聞いて一瞬顔を顰めたもののそう言って頷いてくれた。

嬉しくなったあたしはテーブルに置いたままになっていたジャーキーの袋を手に取ると、「じゃあすぐ用意するね!入江くんはチビにこれ食べさせてあげてね」とそれを入江くんに手渡した。

手早くコーヒーの準備をしてパフェと一緒にトレイに載せて入江くんとチビが寛ぐソファーの方へ運ぶ。


「もうチビ、食べちゃったんだね」

「ああ」

キッチンから様子を見ていると、チビはあっという間にジャーキーを食べてしまった。

「もう少しゆっくり味わえばいいのにね。だからこんなどんどん大きくなっちゃうのよ」

「セントバーナードはこういうもんなんだよ」

「もう名前に似合わない感じになっちゃったわ」

ちょっと恨みがましく言うと入江くんはクスッと笑いながらコーヒーを啜る。
あたしも傍に座るとパフェを食べ始めた。

「クゥーン」チビがねだるように小さく鳴く。

「ねぇ、こんな風に鳴かれると食べさせてあげたくなっちゃうよね」

「ダメだからな」

「うっ 分かってるわよぅ」

可愛いからって人間の食べる物を無闇に食べさせたらダメだってことはチビがこの家にやってきた時に入江くんが厳しく家族の皆に告げた事だった。
可愛くても甘やかさない、入江くんのしつけ。
利口なチビは『おいしそうだなぁ』って感じで鳴く事があっても、あたし達が食事をしている時は基本大人しくするようになっていた。今もあたし達が食べ終えるのを待つように少し離れた場所でじっとお座りの姿勢でいる。
やがて入江くんが先に食べ終えるとしっぽをブンブンと振り始める。

「Good boy, Chibi! Well done! Who’s a good boy? Who’s a good boy? Yes, you are! Well done.Come Chibi!」

入江くんがそう言うとチビはむくっと起き上がり入江くんに向ってトテトテと歩いてきた。
そして入江くんが広げた腕の中にスポッと入り込むとペロペロと入江くんの顔を舐め始める。

「・・・・チビって・・・・」

「なんだよ?」

「あ、いえその、賢いなぁ~なんて」

あたしはなんとかそれらしい言い訳をしながらもつい顔が赤くなってしまうのを自覚する。
だって、あんな風に入江くんに抱っこしてもらって優しい瞳で見つめてもらって。
おまけにペロペロしても許されちゃうなんて羨ましすぎる――、なんてとても口に出せないじゃない・・・!?

「確かに、お前よりチビの方が賢いかもな」

なんとか誤魔化せたのか、入江くんはいつも通りさらっと毒を吐くとからかうような視線をあたしに向け立ち上がる。
掌を下に向けるようにして挙げたかと思うと「Give me five!」と言った。

「・・・はい?」

訳が分からず首を傾げるあたしを横目にチビがピョンと飛んでその手にタッチする。

「Roll over.」

すると突然背中を床につけるように転がり、すぐに元の姿勢に戻る。

入江くんはさっき言ったような言葉(多分褒め言葉)をいっぱい言いながらチビの体を優しく撫で始める。

「お前、大学生にもなって俺の指示分かってなかっただろ?」

「う゛っ」

また図星を言い当てられて言葉に詰る。

「あ、あたしだって入江くんに小さい頃からしつけられたら立派な犬になってたわよ!」

重ねてイマイチよく分からない負け惜しみまで言っちゃった。
これって所謂負け犬の遠吠えなのかしら?
なんて、この思考も絶対おかしいわよね・・・。

そんな事を考えていると入江くんが「・・・ふぅん?」と何やら意味深な声音であたしを見てきた。

「おもしろい事言うなぁ?お前」

「な、なによ。またバカにしてるのっ」

「さぁ。でもちょっと試したくなった」

そう言って右の掌をあたしに向け差し出す。

「Shake」

「・・・・・・。」

言われた単語は聞き覚えはあるけれど咄嗟に意味は思い出せなかった。
でも入江くんのポーズで指示された事は理解出来る。

あたしは入江くんの右手に自分のそれを重ねておいた―。

「Good girl,Kotoko.」入江くんはあたしの頭を優しく撫でると今度は「Lie」と言う。アクションは何もつけてくれなかった。
lieってなんだったっけ・・・・?あたしは必死に脳内の辞書を開いて思い出した。

「・・・う・・・。あたしは入江くんが嫌いです・・・」

「バーカ。それはlie違いだ。つか、お前の嘘は俺が嫌いなんだな?」

「・・・だって」

だって、パッと思い浮かんだのはそれしかなかったんだもん。

「因みにlieは“伏せ”だ」

「・・・ひ、ひどーい!そんなのほんとに犬みたいじゃない!?」

あたしはちょっとムッとして入江くんに抗議の声を挙げた。

「そっか。そうだよな。悪かった」すると入江くんが思いのほか素直に謝ってくる。
傍らであたし達の様子を大人しく見守っているチビの頭を撫でてあげながら、こちらに向って小首を傾げるような仕草をする。

「ちょっとコイツみたいに無邪気にじゃれてくる琴子を想像しちゃってさ。そしたらなんか可愛いかなぁと思って」

「・・・か、可愛いって・・・」

「ペロペロされても大人しくしてたかもな。寧ろキスし返したりしたかも。・・・なんて、これ以上犬扱いするような事言うべきじゃないな。いやほんと、悪かったよ」

そう言うと入江くんの顔をまたペロッと舐めたチビにニコッと笑いかける。
あたしはそれを見つめながらまたかわかわれてるって思った。
でも―、入江くんの笑顔がすごく綺麗で優しくて、思わずゴクリと息を呑んでしまう。

その瞬間入江くんの顔からふと笑みが消えた。
視線がこちらに向けられる。
それがいつもとちょっと違う気がして、あたしの心臓はさらにドキッと高鳴る。


「・・・もしかして、琴子もこんな風にしたい――?」

「・・・あ・・・・――///」

そう訊かれて思わず呆けたように入江くんの瞳を見つめてしまった。

「したければいいよ」

入江くんは更にそう言うとゆっくり瞼を閉じる。

あたしはどうしていいか分からず入江くんと傍でハッハッと小刻みに呼吸するチビを何度も見比べた。

まさか・・・これも冗談の続きよね・・・?
それとも犬扱いしたお詫び?
ただのきまぐれ?
色々考えるけど、結局はただ馬鹿みたいに入江くんを見つめるばかり。



「・・・なんだ。待ってるのにしないんだ」

「―――・・・・・///」

その言葉にあたしはつい吸い寄せられるように入江くんの許に歩み寄っていってしまった。
どうしよう。こんなに大きな心臓の音、入江くんに聞こえちゃったらどうしよう。
そう思いながらそろそろと入江くんの肩に手を置く。
入江くんはずっと目を閉じたまま動かない。


背の高い入江くんに合わせるため、少し背伸びしたその時だった。




カタッ タタタタッ



それまで大人しくしていたチビが姿勢を起こすとリビングから出て行った。

「・・・えっ――?」

正気に戻った(・・・?)あたしはハッと目を見開き慌てて入江くんの肩にのせていた手を下ろす。
見上げると入江くんもいつもの顔に戻ってチビが開けていったリビングの扉の方を見ている。


「ワンワンワン!」

「あ~チビ~~、ただいまぁ~~。遅くなってごめんね~~」

「ただいま~。お兄ちゃん、琴子ちゃん、いる~~?」

とそこにチビの元気な泣き声と裕樹くん、おば様の帰宅した声が聞こえてきた。


「・・・あっ、はい。ここに居ま~~す!!///」

あたしは慌てて返事しながらピョンッと入江くんの傍から後ずさった。


「あわわわ・・・こ、これはその、えっと、なんというか――」

しどろもどろのあたしに対し、入江くんは何事もなかったような飄々とした様子。

「さんねん。タイムアップ」それだけ言うと「おかえり」と玄関に向って行ってしまった。

その後姿を見送る事も出来ず、あたしはぺたんとその場に座りこむ。

ホッとしたような残念だったような混乱した感情に、思わず唇から「・・・・お預け」と零した。
少しだけ本当に自分が子犬だったならと思ってしまう。
それだったらもっと素直に入江くんに飛びついていけるのに。


でもこんなイジワルな罠ならなんどでも掛かっても構わないとも思ってしまうあたしはやはりどこまでも人間なのだった。

甘いワナに嵌ってどんどん入江くん仕様にされていく、とてもとても困った――。






今回もお付き合いありがとうございました。
なにを思ってこれを書き始めたか。読んで下さった皆様はもうお分かりかもしれませんが、先日書いた【sweet spot】から、今度は入江くんがキスしていいよと言うバージョンを書きたいなぁなんて思いまして。
でも本気か冗談か定かじゃない感じが個人的に萌えポイントだったので、こんなお話が思い浮かびました(笑)

そうそう、先日の愛妻さんを書いたとき、数名の方に「コトリンの衣装を入江くんにお土産で買って帰らせて!」とリクを頂きました。
またそれにも挑戦したいです☆
密恋も書かなくちゃ・・・。色々やりたい事は増える一方ですが、なかなかこなせる能力がありません。
少しずつ頑張ります^^ゞ
5巻スキマ  コメント(9)  △ page top


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::Re:ねーさん様
再びコメントありがとうございます♪

・・・マジですかーー!?めちゃくちゃ早業・・・!!すごいです♪
ええ、ええ、勿論喜んで!
ふふふ、そうなんですね!野獣警報発令ですがww
ねーさん節を楽しみにしております☆

限定記事じゃないようにして頂くなどご配慮も感謝します!
更新楽しみにしていますね^^v
ポストカードも待ってて下さいね~!
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::Re: ちょこましゅまろ様
コメントありがとうございます!
本当ですか?このお話に色気を感じて頂けるなんてすごく嬉しいです~♪
どちらも少し気持ち入ってきたところって感じでしたもんね(^m^)
ぶったぎられて残念な気もしますが、こういうストップの仕方も個人的には好物だったりします(笑)
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::Re:Yun様
コメントありがとうございました!

うふふ、こういうシチュ思い浮かばなかった!って思って頂けるとよっしゃー!と思えます^^
自分でもパッと思いついたとき軽く興奮したので(笑)

そしてYun様の妄想、聞いて「あ~~、そのシチュ入れれば良かったかな~~!」と思いました。
琴子ちゃんがペロッとしてあわあわして、入江くんは自分で言ったにも拘らずちょっと呆然としてて。
そのタイミングで紀子ママたちが帰ってきて2人ともどこかぎくしゃくしながらいつもの感じに戻る・・・みたいな。
素敵なシチュ教えて下さりありがとうございました~♪

それから、コトリン衣装のお話も期待して下さりありがとうございます!
こちらもまた書かせt頂きますね。労いと励ましのお言葉ありがとうございました!
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::Re:ねーさん様
コメントありがとうございました♪

イジワルな入江くんいいですよね!結婚バージョンですか!?
あはは、本当にKISSさせようとねだる入江くん、ありそう(^m^)
この分野はねーさんさんすごく得意そうな気がします。良かったら書いて下さい♪

短編も好きって仰って下さり嬉しいです。確かに私も他の方のお話を読むとき、長編だとどうしても展開を予想しながら読んでしまいます。連ドラ感覚というか^^
でも短編はその時の勢いみたいなのを味わえるのでそれもまたいいですよね。
私はどちらかというと短編の方が好きなんですよ^^

お話の長短は勿論、イラストも一番気分が乗るものを・・・と言って下さりありがとうございます!
そうですよね。まずは楽しいって自分が思うものをしないとこんな活動楽しくないですもん^^まずは自分の気持ちを大切にしつつ、読んで下さる方の意向も尊重できたらいいと思います^^

それから、先ほどは挙手して下さりありがとうございます!
では本当にそのまま投函!となりますが送らせて頂きますね~♪
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::Re:たまち様
コメントありがとうございました♪

そうそう、チビも名前通りの時代が一応あったんですよね^^
この頃の入江くんって本当になんか男の子みたいじゃないですか?可愛いと思う女の子が怖がる虫とか犬とかを敢えて触らせようとするような(笑)
このお話でも触れましたが、あの散歩の時に「お前が犬嫌いなんて知らないよ」ってニヤッと笑うのがすごく好きだったりします。

それで今回もからかう入江くんにしたんですが、今回はその時よりも進んだものにしてみました。
ほんと、2人きりだと色々やってくれますよね(^m^)
本心ははっきりしないものの、でもやはりたまちさんも仰るように琴子にしかこんな事はしないだろうし、あきらかに特別な雰囲気が出てきていますよね~。
けど、琴子が鈍感&初心だからこんな思わせぶりな態度とれるんだと思います^^;

紀子ママがもう少し帰ってくるのが遅かったら・・・それは変なスイッチ入っちゃってたかも!?ですよね!
琴子の無意識の煽りは絶対あると思うし☆そしたらもうあらたな密恋始まっちゃいますよねww

とにもかくにもからかわれたものの、こんな時間をすごせたのは琴子にはちょっとラッキーデーだったかもしれませんね♪
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