::Kiss and Cry (少し加筆)
遠くに見える背の高い白衣姿と、その隣を歩く小柄な看護師の姿。
あの時、あの様子を目撃するまでは正直、あまりお似合いとは思えなかった2人が並んで歩く姿。
今は…羨ましいほどお似合いだと、少なくとも私は思っている。


***


「西垣先生、どうかなさいましたか?」

「い、いや…何でも無いよ。くそっ入江の奴、どんどん蹴りの強さが増していってるぞ」

西垣先生は脛を庇うように蹲りながら苦しそうに呟く。

「…また入江先生を怒らせたんですか?」

私は呆れて西垣先生を窘めた。西垣先生は言うまでも無く私より立場も上で、年齢も1つ上だけれど、勤務年数が私の方が長い事、そして何よりも彼の性格のお陰で気さくに話をする事が出来る。

「そんな、人聞き悪いなぁ清水くん。僕はちょっとジョークを言っただけなのに、アイツどんどん容赦がなくなってきてるんだよな。それにさ、今回の事で一番の被害を被ったのは僕だよ?指導医の責任って事で始末書を提出しなくちゃならない」

「そんな事仰って。入江先生が感情を露にする所を見たいからってまたわざと煽るような事したんじゃないですか?」

「さすが清水くん、僕の事なんてしっかりお見通しなんだね。どう?今夜食事でもして、もっとお互いを理解し合うっていうのは」

「折角ですが、遠慮させていただきます」

「つれないなぁ。まぁそれはさておき、さっき清水くんが会議室にやって来たのは正直驚いたな。琴子ちゃんなら『さもありなん』だけどね」

「そうですか?まぁ…確かにあのような場に一看護師が出すぎた真似をしてしまいました」

「いや、清水くんの勤勉ぶりは皆の知る所だから、そんな君からの進言はお偉方の先生にもとても有効だったと僕は思うよ。確かに、意外ではあったけれどね」

「……」

「…何かあった?」

「い、いえ。あ、私、やらないといけない事がありますので失礼します。西垣先生、余り入江先生をからかうと身がもちませんよ。どうぞ程々に」

「はーい。程々に、ね。…しかし残念だなぁ。聞きたかったなぁ、清水くんの話。気が向いたら僕に教えてね?」

「…何も見てないですよ。脛、お大事に」

私は足早に西垣先生の元から去る。背後から聞こえる、西垣先生の「そうかぁ、何か見ちゃったんだね」と言う言葉に、うっかり自分が口を滑らしてしまった事を気付かされ、心臓が一瞬高く鳴った。
そう、私は目撃してしまった。そして知ってしまった。一見素気ない入江先生の、入江さんに向けられる愛情。2人の絆。元々他の看護師よりも冷静に2人を認めているつもりだったけど、寧ろ今は、あれ以上理想のパートナーの関係があるのだろうかとさえ、私は思っている――。


***


昨晩は本当に悪条件が重なっていた。
慰安旅行の為に医師が手薄の中入った事故の知らせ。重症患者が次々と運ばれ、当直や自宅待機の医師だけでは対応しきれない事態。患者の容体は一刻を争い、他の病院へ移送する猶予は残されていなかった。
そんな中、入江先生が「自分が執刀する」と告げた。入江先生の評判は知っていたし、実際将来外科の先頭を担う存在になる予感はさせた。それでも彼は今現在は研修医であり、研修医が指導医無しに執刀する事はは看護師は勿論、患者、その家族を不安にさせる事に繋がる。
それでも看護師にとって医師の指示は絶対。不安を抱えたまま、私は入江先生の直接介助を担当する事になった。

この時の手術においては、先の話よりも切実な不安材料があった。
それは…間接介助を担当する事になった入江さんの存在。
先日の鮮烈な手術室デビューから、その場に居合わせたスタッフは勿論、何よりも彼女自身がこの仕事に恐怖感を抱いていた。
過ぎたるは及ばざるがごとし。医師の手を傷つけるなんてそもそも以ての外ではあるけれど、反省後は本人が乗り越えるしかない事象。しかし特に彼女の場合、それには時間がかかるであろうと思っていた。そんな中彼女を手術室に入れたのは他でもない入江先生だった。その事に、私は入江先生の深い愛情を感じずにはいられなかった。

入江さんはやはり気持ちの整理を完全にはしきれないまま手術室に入る事になった。結果、器具をばら撒き更に頭を混乱させていた。そこに入江先生からの華麗な一撃。…まさか入江先生が頭突きするなんてと驚いたけれど、そんな事が入江さんだけではなく、他のスタッフの緊張も和らげてくれた。
その後は皆気持ちを落ち着かせ、そして何よりも入江先生の初めてとは思えない立派な技術・進行で手術は成功したのだった。


「…よし、患者のバイタル問題無いわね。入江さん、先生に報告して頂戴。あ、それから緊急手術の承諾書に入江先生のサインを一緒に貰ってきて」

「はい!わかりました!!」

「ちょ…入江さん、待ちなさい!」

私の制止も虚しく、入江さんは勢いよく返事をして手ぶらでICUを飛び出した。私の指示の後半は頭に入ってなかったらしく、承諾書は今此処に残されたまま。

「ったく…そそっかしいんだから」

私は眉間に寄った皺を伸ばすようにさすりながら、仕方なく承諾書を持って入江さんを追いかけるべく彼女が向かったであろう休憩所へと足を向けたのだった。

***


入江さんから遅れる事少なくして休憩所方向へ向かった私は、その手前の曲がり角から2人の会話が聞こえてきて足を止めた。

「俺もちゃんと、怖かったよ」

…え……。今、入江先生なんて言った…?

「だ、だって…い、入江君あんなに自信満々で……」

「ああでも言わなきゃお前、頭の中真っ白のままだったろうが。スタッフも皆不安だったし、ここで俺まで不安を露にしたら収拾付かないだろ。…でもあんな重症患者初めてだったし、俺だって本当は怖かった。」

立ち止まった場所から漏れ聞こえる入江先生の低い声。ああ、私はあの中で一番この恐怖を身体に刻んできたはずなのに、入江先生の気持ちに気付かず余計な配慮までさせてしまっていた…

「驚いた…。入江君でも怖い事、あるんだね……」

「バーカ。でも、お前の慌てっぷり見て、変に心が落ち着いたよ」

「クス。入江君…、良かったね。…患者さん助かって。…お医者さんになって、良かったね」

「…そうだな……」

2人の会話が途切れた――

私は手術室を頭に思い描く。
その白い空間では、執刀医は勿論、助手も、麻酔医も、看護師だって皆自分の責務があり、それを全うするべく立ち向かう。チームが一丸とならなければ成功しない半面、この空間で一人一人が己と闘っているのだ。
入江先生はその並はずれた才能と度量で今回の難関を突破したけれど、それには…自分を支えてくれる大きな存在がその場に居たからこそだったのだ。

一見するとこの二人の関係は、いつも入江さんが入江先生に頼り切っているように映る。
しかし…決してそうではなかったのだ。
寧ろ、入江先生のサポートを出来るのは、入江さんしか居ないのだろう。

ダンっと壁に手があたる音がして私はハッと我に返った。そっと曲がり角を覗いてみる。

////////

そこには、我を忘れたように互いの唇を求め合う2人の姿があった。
壁を背にした入江さんを何所にも行かせないように、道を阻むように入江先生が壁に手を当てていた。
何度も角度を変えながら交わされる熱い口付に力が抜けていく入江さんを、入江先生がそっと抱え込む。
目を閉じた入江さんの目からは幾筋もの涙が零れおちていた。
緊張が緩和された今、何よりも手術の成功が確認された今、この場所は2人のKiss and Cryのようだった…

「…そろそろ行くか」

「…はぁ、そ、そうだね。///あ、あの、私片付けしてくるから、あっちから行くよ!入江君はシャワーだよねっ」

「あぁ、それじゃあな」

入江さんが私とは逆方向へと遠ざかるナースシューズのゴムの音が聞こえる。…そして入江先生がこちらに…、気まずいけど承諾書のサイン貰うために来たのだし。私はぐっと顔に力を入れた。

「入江先生」

「…清水主任。お疲れ様でした」

「入江先生こそ、お疲れ様でした。ご休憩中申し訳ないですが、承諾書にサインを頂けますか」

「あぁ、分かりました。…いつからここに?」

「いえ、今来たばかりですが、何か?」

「…何でもないです。俺の方こそ、今回の件ではご配慮色々ありがとうございました」

「とんでもないです。これからもサポートさせて頂きます。それではお手数ですが、後で私の方まで持って来て下さい」

「了解しました」

「では…、失礼します」

私は一礼して、元来た道を引き返した。


***


「はいっ!そうなんです。おかげ様で何も御咎め無かったみたいで…。勿論、入江先生の素晴らしいオペがあったからこそ!なんですけどね…!」

「入江さん!あなたは…シーツの交換、終わってるんでしょうね!?」

「し、清水主任…!!す、すいません!今から行ってきます!!」

「…まったく……」

慌ててナースステーションを飛び出した入江さんを見送りながら、私は溜息をつく。

「小川さん。災難だったわね、入江さんに捕まって」

「相変わらずですね、入江さんって。でも、良かったですね、入江先生、御咎め無かったみたいで。病院にとっても入江先生に謹慎されたらこまりますしね。それに私たちも、大切な目の保養を失わずに済んで」

「まぁ、そうなるのかしらね」

「ふふ。でもホッとしました。入江さんも手術室に入る恐怖、克服したみたいですね。これも入江先生のお陰ですよね」

「そうね」

「本当に入江先生って素敵ですよね。私もあんな旦那様に巡り逢いたいです」

「ほんと…あんな関係、確かに理想よね」

「……」

「何?」

「いえ…。意外です、清水主任がそんな素直に入江先生だけじゃなく、2人の関係性を褒めるなんて。何かありました?」

「…いいえ、別に」

「そうですか。そうだ、清水主任、この噂知ってます?昨日、入江先生と入江さん、手術着のまま激しいキッスしていたそうですよ~」

「……」

確かにあの休憩所はもう一方の角から来るルートもある。そちら側からの目撃者がいてもおかしくない。

「もしかして、清水主任もその現場目撃したとか?」

「まさか。それに、その噂も本当なのかガセなのか、怪しいものよね。さ、話はこれ位にしてそろそろ私たちも仕事にかかりましょ」

「そうですね。あ、横田さんからナースコールだ。私、行ってきます」

そう言って小川さんもナースステーションを出て行った。

私はとっさに噂を否定したけれど、何故そうしたのかしら?
…きっと、2人の姿が本当に綺麗だったからよね……

これからも、2人の逸話は増えて行くのでしょうね。その時々、嫉妬と羨望と皆に与えながら。
でも、私は貴方達が好きだわ。だから…これからも素敵なKiss snd Cry、増やしていってちょうだいね――





【Kiss and Cry】:俗にフィギュア-スケートの大会で,演技を終えた選手とコーチが採点の発表を待つための場所。喜びと悲しみが交錯する場所であることからいわれる。


ご多分に漏れず、フィギュア競技が好きです。が、あの場所をこのように呼ぶと知ったのは最近です^m^;
知った瞬間連想したのがこのシーンでした。
リンクを手術室に、休憩所をKiss and Cryに置き換えて、あの時の2人のKissを書いてみたくて書かせて頂きました。
Cryはこちらでは嬉し泣きの意味にさせて頂きました(^^)

本当はオリンピックのフィギュア女子フリーに合わせてUPしたかったのですが、間に合わず(T_T)
でも、今月中にUP出来たので、まぁ良しとさせていただきます…(^_^;)






21巻スキマ  コメント(3)  △ page top


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::拍手、コメントありがとうございます
まあち様
こんばんは♪
私も、琴子にだからこそ見せた本当の気持ちを入江君が見せたこのシーン、大好きです。お互いがいたからこそ乗り越えられたこのシーンを更に好きになったと仰って頂けてホッとしたと同時にとても嬉しいです。ありがとうございました!!

繭様
こんばんは♪
そうそう、清水主任って、何気にクールビューティーですよねww
原作で、清水主任が会議室に直談判しに来てくれた時、琴子が何気に涙ぐんで清水主任をみているんですよね。いつも叱られてばかりだけれど、きっと暖かく琴子の事を見守ってくれている人の一人だと思います。本当に琴子ってどこか人を惹きつけて止まないですよね。そして、その魅力に一番引き込まれた直樹は、この手術の時、荒療治もあったと思いますが、きっと直樹自身に琴子が必要だったと信じています(^-^)

かやん様
こんばんは♪
かやん様もフィギュアお好きなんですね(^^)
そしてキスアンドクライの名前…私もほんとに最近知りまして(笑)雑誌で読んだんですけど、その習慣イリコトに変換して話を妄想していました…!原作を清水主任目線に焼き直した話なので、どうかな~?と思っていたんですけど、新鮮と仰って頂いて嬉しいです。ありがとうございます☆

藤夏様
こんばんは(^^)
タイトルでばっちり予想して頂けたんですね♪やっぱりフィギュアファンの方、多いですねww
原作を焼き直して清水主任を登場させてみたのですが、新しい世界観なんて言って頂けて恐れ多いですが有難いです。清水主任って、多くは描かれていませんが、色眼鏡なしに物事を判断できる人ってイメージがあります。そんな気持ちが藤夏様にも通じ、とても嬉しく思います。
イリコトを見守るまわりの人たちは、2人が思いあっている事が好きなんですよね(^^)
そうそう、世界選手権あるんですよね!私も楽しみにしています☆

chan-BB様
こんばんは♪連日メール送りまくって失礼します(笑)
そして、その際に書いていた、書きあげたいと言っていたお話はこれでした。清水主任目線、楽しんで頂けて嬉しいです!
そう言えばchan-BB様、フィギュアがお好きとブログにも記事になさっていましたよね!キスアンドクライにばっちりご反応頂けて良かった♪
私もイリコトが好きなので、周りの人が2人を認めるエピソード大好きです。これからもスキマを探して書いていきたいです。
あ、またメールさせていただきます。宜しくお願いしますm(__)m

りきまる様
こんばんは♪
このシーン、良いですよねぇ。ひょっとして唯一原作に描かれた入江君の弱音かもしれません。それだけに読んだ時には驚きと同時に嬉しかったなぁ^m^
そして…、何所から湧いてくるのか?なんて(笑)なんだか褒められた気分で、すっごく嬉しいです(^^♪妄想万歳!!
これからも色々掘り返して書いていきたいと思います☆

エマノキボウ様
こんばんは♪
リンクにつきましては、改めて本当にありがとうございます。
そして、この度はコメントまで残して下さって感激です!キスアンドクライの由来を雑誌でたまたま読んで、瞬間思いついたお話でした。
封印なさっているのですか?…寧ろして下さったなら踊って喜びますが(笑)
また遊びに行かせて頂きます。どうぞ宜しくお願いします!

rinnn様
こんばんは♪
本当に、イリコトの関係って理想だな~、とこのエピソードを原作で読んだ時思いました。
はじめは不釣り合いに思われがちな2人が、色んな場面で周りの人たちに認められるのは、イタキスファンの方は皆お好きですよね(^-^)
今回は清水主任目線で書かせて頂きましたが、良い!と言って頂けて嬉しいです。ありがとうございました☆
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::理想の関係
こんばんは。

清水主任目線、いいですね~!!

イリコトを見守ってる人はほんとに多いなって思いました。
二人は、どんな人にでも結局自分たちを、そして二人の関係を認めさせてしまう。
認めた人たちは決まって二人をあたたかく見守ってくれますよね。
なんて幸せなんでしょうね。
ほんと理想の関係です!!
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