::負けず嫌い
配布元…kara no kiss 様
50音・26文字お題よりお借りしています。

「― 明日の午後?うーん…ごめん、先約があるの」

その返事は直樹にとって意外なものであった。

金曜日の午後、斗南病院。
今日のシフトは直樹が当直、琴子は日勤。午後を過ぎて出勤した直樹が明日の予定を琴子に聞いた答えが先の言葉であった。

本来ならこの返事は有難い返事であろう。
当直明けで帰って来た午後なんて、体力的にも精神的にも相応に消耗している。出来る事なら少し眠った後、ゆっくり読書でもして過ごしたいひと時だ。

しかし明日は土曜日。愛娘の琴美が今年の春から通いだした幼稚園も土曜日は休みである。
いわゆる休日に直樹と琴子が揃って休みが取れる事は、2人の職業から考えてなかなか難しかったりする。
琴美が幼稚園に通う前は、平日でも時々重なる2人の休日に合わせて遊びに出掛けたりも出来たが、今はそうもいかない。
だからこそ、多少きつくても3人で出掛けようと思って琴子に話をしたのである。

「あっ、で でも今から断っても大丈夫だと思う!そうだ、そうするね!」

一旦断ったものの、直樹からの珍しい誘いに琴子は慌ててそう言葉を繋ぐ。

「なんの用事だったんだ?」

つとめて冷静に直樹が尋ねると、琴子は乱れてもいないナースキャップを手直しするような仕草をしながら答える。

「幼稚園のお迎えに行った時にね、同じように延長で預かってもらっているお母さんたちに、土曜日公園で遊ばないかって誘われたの。皆とっても優しくしてくれてね、みーちゃんもお友達と凄く楽しそうに遊んでいたから…入江君は当直明けだし、ゆっくり休みたいかなぁと思って行くって返事したの」

「それなら行って来いよ。せっかく誘ってもらったんだろ?琴美も同年代の子供と遊ぶ機会が増えるのはいい事だし」

「で、でも…」

「夜は皆でご飯食べられるし、琴美が寝るまでも少しは時間あるしな。お言葉に甘えて俺は明日はゆっくりさせてもらうよ」

「そ、そう?じゃ、そうさせてもらうね。あっやば…、私、このカルテを師長に持ってくるように言われてたんだった!じゃ、じゃあ私行くねっ。当直頑張ってね」

「ああ。おつかれ」

お互い軽く手を上げて、2人は其々の仕事に戻った。


― これも1つの成長なんだよな。

比較的穏やかに過ぎる当直の夜。論文の手直しをしながら直樹は思いに耽る。


今年の夏に4歳になる琴美は直樹譲りで頭の回転が早い。しかし、頭の良さを垣間見せるにせよ、根は純真な幼児。父親大好きっ子な琴美は、直樹が家に居る時はその背中を追いかけまわしていた。
琴美は、当直翌日の午後には直樹が家に帰ってくる事を理解できるようになっている。そして今までなら、その日は必ず直樹の帰りをウズウズしながら待ちわび、そして玄関の扉が閉まる音に素早く反応して直樹を迎えるため走ってやってきたものだった。

しかし、明日はそうはせず他の子供と遊ぶ事を選んだというのだ。
それはつまり、少しずつ琴美の視野が広がっている証拠である。
多少もやっとする感情が無い事は無い気がするが、もっと素直にこの成長を喜ぼうと考え、再び直樹は仕事に没頭した。


* * * * * * * * * * * * * *


仕事が終わって帰宅の途につくはずか、今自宅を通り過ぎてしまった。そして歩くその先には、そこそこの大きさの公園がある。

― 天気が良いから散歩するのも悪くない。

そんな風に自身に言い聞かせている自分は、本当に変わったと直樹は苦笑する。
子供の頃からこの地で育った直樹は、どこにどんな公園があるか、おそらく琴子よりも分かっているだろう。
そして、このあたりで園児が良く遊ぶ場所といえばチビヤマ公園だ。
遊具が一通り揃っていて、子供を見守る親が憩える藤棚とベンチがある。

公園に近づくと、高い笑い声が響くのが聞こえてきた。


「よ~し!みーちゃん、いくよ!」

「おっけー!!」

それっと掛け声とともにキャハハハと可愛い笑い声が聞こえる。
離すよー、いい?と琴子が聞くと、だいじょうぶ~!と答える琴美の元気な声。

その遠くに見える風景を見て直樹は目を見開いた。公園で、琴美が自転車を漕いでいる。

たしか未だ、琴美は補助輪が無い自転車には乗れなかったはずだ。
年齢的にもまだ難しいはずなのにと、直樹は驚きを隠せない。



「すごいねー、琴美ちゃん。あっという間に自転車乗れちゃったわね~」

藤棚の下に歩いていく琴子を他の母親たちが笑って向かい入れる。

あらためて公園を見ると、方々で子供たちが思い思いに動き回っていた。

琴美と同じように自転車を乗り回している子供。ブランコで高さを出すのに夢中になっている子供、ひたすら走りまわっている子供…どの姿もイキイキとしている。


「私もびっくりです。まさか、こんな直ぐに乗れるようになるなんて」

琴子がそう言ってベンチに腰を下ろした。

「ありがとうございます、自転車貸してもらっちゃって。補助輪、私じゃ外せなかったんで助かりました」

そう言って琴子が笑う。すると琴美が乗っている自転車の持ち主の母親も笑って手を振る。

「いいのよ、あの子ったらああして駆け回ってる方が楽しそうにしているし。それに、まさか琴美ちゃんがもう補助輪なしで自転車に乗れるなんて、誰も思わないわよ」

― そう言われてみれば…

直樹はあらためて他の子供たちを眺めた。どの子も琴美より数段大きく、どうやら彼らは年長組らしい。


「なんだか器用なんですよね、私と違って」

そう言って琴子は恥ずかしそうに頭を掻く。その様子にその場の母親たちは皆クスリと笑った。

「じゃあ琴美ちゃんって、旦那様似なのかしらね~?」

一人の母親が楽しそうに言葉を発する。
そうすると、他の母親たちもウンウンと頷いて見せた。

「ほんと、入江さんの旦那様って素敵だものね~」

「そうそう、ちらっとしか見かけた事ないけど、あんまり素敵だからびっくりしちゃった」


口々に直樹を褒める彼女らの勢いに、琴子は顔を真っ赤にしながらしどろもどろに言葉を返す。


「そ、そんな…、皆さんの旦那様も素敵ですよっ。ほら、井上さんの旦那様なんていつも笑顔で挨拶して下さるからいつも感じのいい方だなって思いますし…!」

「え~、そう?ただ外面がいいだけよー?」

そう答えながらも、井上と呼ばれた女の顔は朗らかに笑う。その後も琴子は他の母親の主人の長所を上手に引き出して場を和ましていた。


「・・・・・・」

直樹はその場からスッと離れていく。やはり今日は家に帰る事に決めた。

― これもまた成長と言えなくもないんだけど。

道すがら、直樹は自嘲気味に笑う。

今までは何を置いても、直樹がいかに素晴らしいかを直樹や周りが呆れるほどに得々として話していた琴子が、先程はそれを封印して他の人間のフォローをしていた。子供を含む人間関係の中で謙遜も必要な事を琴子とて承知しているからであろう。しかし…例え理由が分かっていても、琴子が他の男を褒める事を気持ちの何処かで快く思えない自分はなんと馬鹿げているのか――


直樹は知らない。その後の彼女たちの会話を…


「それでもやっぱり入江さんは旦那様一筋って感じよね」

「そうそう、みーちゃんが居ても、何だか2人でいつまでも恋人同士みたいなんだもの」

「そ、そうですか…?ま、まぁ私、…実は入江く、、いえ、旦那様命!なんですけど///」

「何を今さら。そんなの皆知ってるわよ!」―――



家に着き、自分を迎えてくれた紀子に開口一番に直樹は尋ねる。

「おふくろ、工具箱ってどこに置いてる?――」



* * * * * * * * * * * * * *


玄関からただいまと大きな声が響くのを聞いた直樹は、読みかけの本を閉じるとソファから立ち上がり、ゆっくりと玄関へと歩いて行った。

「入江君!ただいま~、お仕事お疲れ様!」

「ぱぱ、おつかれしゃま~!」

4つの円らな瞳は直樹を目に捉えるが早いか、パアっと光り輝いた。

「おかえり、琴美。幼稚園のお友達と遊んでたんだって?」

直樹は琴美の目の高さに合わせて跪くと優しく話しかける。

「うん!あのね~、悠馬くんと俊くんと紫苑ちゃんと遊んだんだよー。オニごっことか、いろいろして遊んだの~!」

琴美がはしゃいだ声で話す。

「へぇ、楽しそうだな」

直樹が相槌をうつと、琴美は嬉しそうに笑って、そして琴子と目配せをして見せる。

「…ん?どうしたんだ?」

本当は分かっているが、妻と娘の描いたシナリオに合わせて直樹は質問をする。
すると琴子が嬉しそうに首をかしげて直樹を見つめた 。

「あのね、お願いしたい事があるの――」







「―― もしかして入江君、さっきもサルヤマ公園に来たとか…?」

琴子の言葉に直樹はぶっと吹き出した。ここは先程の公園。2人の視線の先では、直樹に補助輪を外してもらった自転車で、琴美が運転を披露していた。

「チビヤマ公園だろ!」

「あ…、じ、実はさっきも言い間違えて琴美に注意されたのよね///」

「ったく、どっちが子供なんだか」

「はは・・・」

チラリとお互いに視線を絡ませ、2人はクスリと笑う。


「すごいよね、琴美、もうあんなに上手に自転車乗りこなしてる」

「そーだな」

「今日遊んだお友達が皆琴美より年上でね、全員補助輪無しの自転車に乗っていたの。そしたら琴美も『絶対乗る!』って言いだして。 お友達の自転車を借りて練習しだしだら…、あっという間に成功しちゃったの。もう、余りにも簡単に出来るようになっちゃって拍子抜けだったわ」

「琴美、結構負けず嫌いだからな」

「そうなのよね、一体誰に似たのかしら…?」

琴子は少し真剣な表情になって考え込んでいるが…、考えるまでも無いのに。
直樹は今日何度目かの苦笑を滲ませる。

「でもね、負けず嫌いよりも何よりも、琴美が頑張った理由は入江君なんだよ?」

「…俺?」

琴子は頷くと満面の笑みを浮かべて直樹を見つめた。

「そう、入江君に見てもらいたいから、一所懸命に頑張ったのよ」

「そっか・・・」

直樹も穏やかに笑った。


「パパ~!みて!片手離しーー!」

「それは危ないから駄目だ」

「は~い」

無邪気な返事をして、琴美はさらに公園内を一周する。



「―― なぁ、琴子」

「ん?」

「井上さんのご主人は、いつも笑顔で挨拶してくれるんだ?」

「え…?」

「加藤さんのご主人はフットワークが軽くて園内の行事にも積極的に参加してくれるんだよな」

「い、入江君…?」

「横田さんのご主人は結構かっこいいんだってなぁ」

「なっ…、ど、どうしたの、入江君――?」


さっき子供の母親たちに自分が言った口から出まかせなお世辞を次から次に言い連ねる直樹に、琴子はみるみる赤面して尋ねた。

すると、先程まで片頬だけを引き上げるようにして皮肉っぽく笑いながら話していた直樹が、ふと真顔になり小さく呟く。


「俺って結構大人げないんだよな」

「あ・・・」


―― マケズギライ ――


「くすっ 入江君、可愛い」

「…バーカ」

「入江君、大好き」

「耳にタコ」


* * * * * * * * * * * * * *


「暗くなる前に、そろそろ帰ろう」


家へと変える3人の姿が地面に影を作っている。


真中が一番長い影。右に小さな影、左に少し長い影。


「今日のご飯はなーに?」

「えっとね、カレーだよ♪」

「ママがユイイツ上手に作れるお料理だぁ」

「もう!カレー以外も作れるわよっ」

「どうだか」

「ねー、パパ♪」

「ひどいっ 入江君まで~」

「イイじゃん?」

「え?」


「大好きだよ、…カレー」






「本音」に続いて今度は琴美ちゃんが生まれてからのお話を書いてしまいました(^_^;)

変な終わり方ですね…(苦笑)

さて、少し予告させて頂きます♪

先月からchan-BBさんと一緒に描かせて頂いている「The Gift of the Magi 」ですが、chan-BBさんの直樹ver.も【下】の2/3までUPされ、いよいよ最終話です。

最終話は、琴子ver.と直樹ver.を同時刻にUPさせて頂きます。
UPの日時は 4月10日午後9時 です!

もし…お時間が許すならば、復習がてらお話を読み返して頂けたら…こんな幸せな事はありません。
本当に私の執筆が亀の歩みだったために、長丁場になってしまってchan-BBさん、読者の方には申し訳なかったです。

最終話、皆様の納得のいく流れになっていればいいなぁと思います。お楽しみ頂けたら嬉しいです。


原作以降の妄想  コメント(1)  △ page top


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::コメントありがとうございます
繭様

こんばんは♪懐かしく思って頂けましたか?(^^)実はこれ、私も自身の経験から書かせて頂いたんです~。
琴美ちゃんの歳では普通無理だと思ったんですけど何せ直樹の血が流れていると思うとこれくらいOK!と思って書いちゃいました☆
ずっと練習に付き合ったのは自分なのに旦那様に美味しいところ持って行かれちゃ私だって堪りません(^_^;)繭様のお気持ち分かりますよ!
今回の琴子は母モード強めでしたね。私の書く話にしては珍しいかも。その分直樹に子供になってもらいました(笑)確かに…2人の子供が男の子だったら、直樹って我が子にさえ軽くヤキモチ焼きそうですよねww^m^
リレー作品についてもコメントして下さってありがとうございます!そう言って下さると嬉しいです~。宜しくお願いします<m(__)m>

藤夏様

こんばんは(^^)
実は投稿サイトで藤夏様の新作を見つけて読ませて頂いてコメントを投稿した瞬間に藤夏様からのコメントを頂いたんです~!なんだかとっても嬉しい気持ちになっちゃいました(^^♪
そんな、琴美ちゃん絡みのお話を待っていて下さったなんて嬉しいです!ど、どうでしたか…?
直樹の娘だと思うとかなり無理めな年齢で乗れちゃう設定にしちゃいました^m^ 直樹の琴子に対する独占欲は永遠と信じて止まないので、こんなくだらない事でヤキモチを焼かせちゃいました(笑)うん、モトちゃんでも裕樹でも、たとえ我が子でも直樹は嫉妬する! シルエットにも注目して下さってありがとうございました(^^♪
リレー作品へのコメントも嬉しいです!わ~復習して下さるなんて…!私、昨日読み返したんですが結構大変でした(苦笑) なのに人様にお願いする図々しい奴です(^_^;)

chan-BB様

こんばんは♪予告通りなんとか1作品UP出来ました(^^)
今まで尻ごみしていた2人のその後を勢いで書いてしまいました。お腹いっぱいになって下さって良かった~!
ぶぶ、たしかにこんな些細な事でヤキモチ焼く直樹って…(^_^;)でも、2人にはパパ・ママになっても恋人同士みたいな関係であってほしいですよね^m^ こんな話も大好きと言って下さってとても嬉しいです♪
私も、chan-BBさんのあらゆる角度から直樹をいたぶってしまう(笑)所にさえchan-BBさんのイタキス愛を感じてしまいますww これからもいっぱい色んなイタキスの世界を見せて下さいね!!
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