::モノクロ
配付元…kara no kiss様
50音・26文字お題よりお借りしています。


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斗南病院の外科病棟内。梅雨入りしてぐずついた空模様を吹き飛ばすかのような元気な声が今日も大部屋には響いていた。

「皆さんおはようございます!えーっと…本日高橋さんと金井さんはあとで採血させて頂きますね。植村さんは昼から検査なので朝は絶食です。では他の方はこれから朝食配りますね!」


愛想良く話す琴子に対し、室内の患者の様子は二手に分かれている。


一方は安堵の表情。片やもう一方…今日の犠牲者2名の顔色は悪い。今や院内で琴子の採血の腕前を知らない者はもぐりである。


「あれ?高橋さんと金井さん、お気分悪いですか?ご飯食べられます?」

ファミレス仕込みの配膳で次々にトレーを配って見せる琴子が不思議そうに2人の顔を覗き込むが、両名は首を振るばかり。そして他の者は皆苦笑していた。


「― 琴子ちゃんはいつも元気があっていいねぇ」

「ふふ、ありがとうございます。黒田さんも今日お顔色良いですね。後で清拭させて頂きますね」


最後のトレーを食事台の上に置き終えた琴子に、穏やかに笑いかける年配の男性。琴子も微笑み返すと別室の入院患者にも配膳すためにその部屋を後にした。


* * *


「― はい、これで終わりました。どこか気持ち悪いところは無いですか?」

「ええ、大丈夫です。とても気持ち良くなりました、ありがとう」

「そうですか?こちらこそ良かったです」

黒田の寝巻を着替えさせてやりながら琴子は微笑んだ。

「しかしこんな老いぼれの体なんて拭いてもらって申し訳ないねぇ」

「何を言うんですか!少しでもお役に立てて私は嬉しいんですから」

「そうかい?いやぁ、そんな風に言ってもらえるなんて有難いねぇ」

ニコニコ笑う黒田の顔を覗き込んで琴子はニッと笑う。

「…でも、ずっとは駄目ですよ?」

「…ほう?それは何でかな」

黒田は面白そうに琴子を見返す。

「勿論、元気になって頂くのが一番嬉しい事ですから」

「そうか…。そうだねぇ、うん。琴子ちゃんにそう言われちゃったら、元気になるしかないねぇ」

「そう言う事です」

2人は顔を見合わせてクスリと笑った。



「― 黒田さん、回診の時間ですよ」


「ああ、西垣先生。宜しくお願いしま――」
「あー、入江君!!」


声のする方を振り返り、主治医の西垣に挨拶をしようとした黒田の言葉を琴子の大きな声がかき消す。

「偶然病室で顔を合わせるなんて素敵よねっ。 愛よね~入江君!」

「………」

漸く同じ職場で働く事が出来るようになってからというもの、琴子は院内で直樹に会えるといつもこんな調子である。直樹は眉間に皺を寄せるとそっぽを向いた。

「琴子ちゃん、ここに僕も居るんだけどね…」

「ああ、西垣先生。お疲れ様です」

「ほんとにツレないよねぇ、琴子ちゃんは。こんな冷たい奴のどこが良いんだろうね」

「勿論全部です!」

「…琴子、お前はまだ仕事が残ってるだろ。さっさと行けよ」

「んもう、分かってるもん!それじゃあ黒田さん、失礼しますね」

「ああ、どうもありがとう」


パタパタと出て行く琴子の後ろ姿を三人は見送った。その足跡が遠ざかると、黒田は直樹をまじまじと見つめる。


「そうか…、貴方が琴子ちゃんの旦那様の入江先生だね。彼女からよく話を聞いていたから、初めて会った気がしないねぇ」

「そうですか。改めてはじめまして、今月から第三外科に配属されました入江と申します。西垣先生に指導を受けています。宜しくお願いします」

直樹は丁寧に頭を下げた。


* * *


「―― 今は状態が落ち着いていますね…。どうです、黒田さん。今の体力なら手術も可能だと思うんですが」

ひと通りの診察を終えた西垣が黒田に手術を提案する。しかし黒田は、表情こそ柔和であるが、頑なに首を横に振った。


「いいえ、もう無闇に生き長らえたいとは思っておりません。折角のご提案ですが…申し訳ありません」

「成程…。我々の立場から申し上げると、そんな風に仰られてしまうと困ってしまうんですが…。どうかご家族とよくご相談してお決め下さい」

「ええ、そうですね」

西垣の言葉に、黒田は相変わらず微笑みながら答える。

「すいませんねぇ、先生が色々考えて手術をご提案下さっているのは分かっているのですが…、この年になると「死」というものについてのの受け入れかたが変わって来るものなんです。『生まれ生まれ生まれ生まれて生(しょう)の始めに暗く 死に死に死に死んで死の終りに冥(くら)し』という言葉もございます」

「…どこかで聞いた事があるような……」

思い出そうとする西垣の代わりに直樹が返事をする。

「― 秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)、ですね」

「― 琴子ちゃんが言ってた通り、入江先生は色んな分野に精通しておられるようですね」

そう言って黒田は愉しそうに直樹を見た。


「秘蔵宝鑰っていうと…空海かな」

「おお、さすがお医者様は博識ですね。西垣先生もご存知ですか」

「とんでもない。恥ずかしながら遠い昔に受験勉強で言葉を知った程度です。それで、この言葉がどう今のお話に繋がるのでしょうか」

西垣が黒田に尋ねる。すると黒田は目を細めて西垣と直樹を見つめた。


「西垣先生、そして入江先生。先生方は死への恐れを抱いた事はありますか?」

「「………」」

2人は共に口を噤む。
医療に従事するからこそ、尚更簡単にその答えは出ない。人を生かす為の職業、死を恐れながらも立ち向かうのが性だ。そして勿論、生命の強さも儚さも日々肌身に感じている。

「すいません、質問の仕方が悪かったですね。私がお聞きしたのは、お医者様としてではなく先生方ご自身の事を伺いたかったんです」

「…私たち自身の、ですか。これもまた難しいご質問だ」

西垣の言葉に、黒田はまた微笑んでみせる。


「私も先生方のような年ごろはただ我武者羅に生きるばかりで死なんてものはおろか、老いることすら考えていませんでした。それが50歳位の頃だったろうか、突如死への恐怖が押し寄せてきて眠るのさえ怖くなった時期がありました。何とも観念的な恐怖でありました。その後の世界は闇なのか、それとも光なのか。対照的であるのにそれは表裏一体のような気がしました」

「生意気を言うようですが…、分かる気がします」

直樹の言葉に黒田は頷いた。


「病院には生と死が混在していますからね。さて…、運よく私はこのような歳になってもまだ生きております。しかし脳も体も間違いようも無く劣化しているのが分かります。物忘れがひどくなり、身体も思うようには動かない。生きながらに死んでいく部分が多くなっていくのです。光と闇が同居しているとでもいいましょうか」

「つまり… だからもう手術は受けない、という事でしょうか」

「そうですね、穏やかに冥を受け入れたいと思います。ただ…最後動かなくなった身体に綺麗な色を纏わせて送り出して頂けたなら、そして送り出して下さるのが明るい花のような方であったら尚、思い残す事は無いです」


* * *


病室を出た直樹と西垣は複雑な心境で廊下を歩いていた。

尊厳死を否定する気は無い。しかし黒田の場合は、手術さえ行えばまだ生きられるというのが2人の共通した見解であった。つまり、彼の場合はそれを容認する段階では今のところ無いのだ。どうすれば黒田の気持ちを手術する方向へ向けさせられるか、それが課題であるのは明白なのだが、その糸口が上手く掴めないでいた。


「入江、さっき黒田さんが言ってたのは…、琴子ちゃんにエンジェルメイクをしてもらいたいって事だよな?」

「…そうみたいですね」

「琴子ちゃんはその事、知っているのかな」

「さぁ…どうでしょう」」

直樹は窓から見える景色をぼんやりと見つめた。糸のような細かい雨がアスファルトを濡らし始めていた――




先程病室を出る前、黒田は直樹を呼び止めた。

「入江先生、琴子ちゃん…あなたの奥さんは明るくて眩しくて花のようなお嬢さんですね。彼女の前では、モノクロになりつつあるこの世界も色を取り戻すような感覚になります。」

そう言った黒田の顔は相変わらず穏やかな笑みを称えていた。琴子に最後の顔を任せたいという黒田―― 琴子は失敗が多いながらもしっかりと患者の心を捉えているらしい。その事を直樹は誇らしく思ったが、頼まれ事が常では無い事なので複雑な心境だ。


「入江く~ん!!」

遠くから張り上げられる明るい声。相変わらずパタパタと音をさせて琴子がこちらに走って来る。

「廊下を走るなって、何度言ったら分かるんだ!」

「えへへ、ごめん」

直樹の一喝に琴子がペロッと出す。何度となく繰り返されるこのやり取りが、今のモヤモヤした気持ちを少し晴らしてくれる事を直樹は感じた。自分にとっても、確かに琴子は心に色をもたらしてくれる存在だ。

「なんだよ一体」

直樹はいつものように面倒な素振で話を聞くが、その表情こそが直樹であると思う琴子は意に介す事なく直樹に話をする。


「入江君 今日、日勤だよね。もうすぐ帰る?」

「ああ。でも調べたい事もあるしまだ帰らない。お前こそ、もう帰るのか?」

「ううん、実は私も今日は任意の研修を受けようかと思って。終わったら一緒に帰れるかな」

「ああ、別にいいけど。ところで研修ってなに」

「うん、エンジェルメイクのレッスンをするの」

「……」


直樹は思わず隣にいた西垣と顔を見合わせた。

「琴子ちゃん、もしかして黒田さんに何か言われた?」

西垣の質問に琴子は首を縦に振った。

「はい、いずれ必要になった時には私にお願いしたいって言われました」

「そっか…。で、琴子ちゃんはするって約束したんだね」

「まぁ…そうです」

琴子の返事に、西垣も直樹も少々意外な感じがした。もっと全力で「そんな事いわないで」とか言って喚きだす気がしたからである。

「へぇ、琴子ちゃんも看護師らしい対応ができるようになったもんだなぁ、なぁ入江?」

「― そうで…」

返事しようとした直樹の声は琴子の明るい声で掻き消された。

「…と言うよりも、それならお時間を沢山下さいって言ったんです」

「「―― ?」」

2人は琴子を見つめた。

「ほら、私ってなにやらせても下手だから、お化粧もいっぱい練習しないと綺麗に出来無いと思って。これからいっぱい練習して上手になるまで、それまで元気でいるって約束してもらったんです!」

― 成程ね…

直樹の口元がクスリと動いた。
難しい事を言わなくても、知らなくても、琴子の真直ぐな気持ちは色々な所に響いてくる。
かつてモノクロだった自分の心に色を与えた琴子は、いまも誰かの世界を明るくする。
迷っている場合ではないと思った。

「…西垣先生、…俺も明日、もう一度黒田さんを説得してみます。それから琴子」

「ん、なぁに?」

直樹を見上げるその姿に、直樹はニヤリと口角を上げた。

「お前がゆっくり上達出来るように、しっかり時間を作ってやるよ」

「な、なによ。入江君に助けてもらわなくたって――」

「いや…僕も君の為に協力してあげるよ」

「もう、西垣先生まで!でも…クスッ お願いします」

3人は顔を見合わせて微笑った。空からの恵みの雨に、紫陽花は鮮やかに打たれている―――







※注釈※
エンジェルメイク:病院などで患者が亡くなった際に、顔色や表情などを看護師がメイキャップで手直しする行為を指す。「死後の処置」の言い換えではあるが、正式な専門用語ではない。
(Wikipediaより抜粋)


なんだか小難しい話を書きたくなり、しかし力不足でダラダラと書いてしまって申し訳ないです(T_T)
次はもっと爽やかなお話書く予定ですので!!どうか見捨てないでください…orz

余談ですが、21巻に黒田さんという患者さんは本当に出てきます。さぁ、どなたか見つけられるでしょうか^m^


21巻スキマ  コメント(4)  △ page top


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::コメントありがとうございました!
hiromin様

本当に沢山の作品に目を通して下さって・・・、もうただただ感謝しています。
しかもこちらの作品にこんな素敵なコメントを寄せていただけるとは・・・!本当に驚いています。ありがとうございます!!

そうですね。仰る通り生と死というものは、直樹や琴子などの医療関係者には勿論、生まれてきたからには誰しもが無関心ではいられない、切り離せないテーマですよね。
この作品については、直樹と琴子が死に対してどんな風に向き合うのかという事については勿論、人それぞれに考え方のあるこのテーマをどのように描くのか、創作しながらどうにも自分の力不足であると痛感せざるを得なかったのですが、じっくりと読んで堪能していただけなんて嬉しく思います。そしてこのような話も好きだと仰っていただけた事、有難く思います!!

追伸についてもお礼申し上げます!そんな風に仰って頂けるなんて、もうもう幸せすぎます!!
自分の創作したものについては、ついつい卑下する前置きやあとがきを書きがちなんですが(苦笑)、その後皆様からいただくコメントに心躍らせ、次作を書くモチベーションにさせていただいいるのは間違いないです。これからも「おっ」と思った作品がありましたらコメントしていただけるととても嬉しいです(^^)
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::静かな感動
ぴくもんさま
今晩は。今日もまた時間の許す限り御作を読ませて頂いております。
入江君と琴子のラブラブなお話しも好きですが、個人的にはこうした静かな感動を呼び起こされるお話しも大好きです。
2人の職場が病院である以上、命(生と死)は切り離せないテーマだと思いますし、真面目で一途な2人だからこその受け止め方があると思います。それをとても丁寧な筆致で描いて頂いてあり、ゆっくりじっくりと堪能させて頂きました。
いつものラブラブが動であれば、こちらは静でしょうか。ぴくもんさまはどちらのお話しもとても魅力的に描かれるので私は大ファンになりました。これからも楽しみにお邪魔させて頂きます。静かな感動に心からの感謝を込めて。
有難うございました。
追伸:ご自分を卑下しない、という今年の宣言、大賛成です!これだけ秀作の宝庫なのですから、卑下し過ぎないでください。作品を愛するファンのためにも♡ぴくもんさまファン初心者なのにエラそうにすいませんでした♪
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::拍手コメントありがとうございます
chan-BB様
こんばんは。お題がんばってます~(^^♪
モノクロへのコメントはこちらで返させて頂きますね。
あはは、目の付け所褒めて下さってありがとうございます(笑)chan-BBさんにそう言って頂けたら本望です。私、そっくりそのままその言葉をchan-BBさんにお返ししたいです^m^
ここで書いた事については本当にごく最近、たまたま新聞で読んだ記事が印象的でこの話を思いついたんです。正直重いかなぁと思ったんですが、以前chan-BBさんに「ぴくもんの書きたいと思ったものを書いて下さい」と仰って頂いたのを胸に、書かせて頂きました。
琴子の「自然体の魅力」に、色んな人が影響を受けるのは、原作でもナースになってから特によく描かれていますよね。これが「俺に出来ない1割」なのかなぁ。なんて。そして、不謹慎な発言…(笑)いえいえ、私も全く以て同感です!!いいなぁ、琴子!!!

藤夏様
こんばんは。モノクロのお題での私の発想、初めは藤夏さんと同じでした(笑)
ただ、そっち系のお話は既に沢山の方が素敵なお話を描かれているんですよね…。私なんぞが同じ土俵には立てませんので、違うアプローチを模索しておりました(^_^;)
本当に、琴子はナースとして技術的にはもっと学ばないと駄目なんでしょうけど(笑)、教科書では教えてくれない、人としての資質があるんだろうなぁと思います。その辺りがこのお話でも表現できていたのならいいと思います(*^_^*)
黒田さん…いるんですよ!一応(笑)また読み返された時に思い出して下さったら探してみて下さい(^^♪
そして、チョイ出の西垣先生に愛あるお言葉ありがとうございますww
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::拍手コメントありがとうございます
繭様
こんばんは。えへへ、私も毎晩たいがい寝るのが遅いです(笑)
本日は特に、授業参観で仕事休みだと思ったら夜ふかししちゃったんです^m^絶対書きあげてから寝る!と一人勝手にノルマを課して書いていました。
昼間も時間が取れたので、もう一話upしちゃいました。またお時間がある時に読んで頂けたら嬉しいです♪
いえいえ、全然博識なんぞではないです。空海の件はたまたま新聞読んでいて記事を見つけただけなんですよ(^_^; 
私も、「この『行ってらっしゃい』が…」と思う事、あります。当たり前のように息していますが、それって決して当たり前の事じゃないんですよね。
そんな思いもあって、このお題の中で、生死についてのお話を一話は書いてみたいと思っていたので挑戦したのですが…難しかったです(苦笑)書いていてどんどん訳分からなくなってきてしまって…。繭様のコメントを読ませて頂いてやっぱり私よりずっとこのお話から色々な物を読みとって下さっていると思いましたww
確かに、幼い頃に母親を亡くした琴子は感覚的に死が生と隣り合わせている事を受け入れているのかもしれないですね。身近な人の死を目の当たりにした事があるから、患者や、同じく医療に従事している人を持ち前の明るさで元気にしてくれる。病は気からとも言いますし、実際明るい琴子に看護師という仕事は天職だったのではないかな、と私も思います(*^_^*)
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