::暇つぶし 1/2
配付元…kara no kiss様
50音・26文字お題よりお借りしています。
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【誘惑】【盗み聞き】の続編です。

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「お疲れー」
「あー、きっついな。明日も普通に授業だぜ?」
「とりあえず今日は帰ったら寝るよ。ほら、入江も早く帰ろうぜ。」


斗南高校1年A組の教室は、連休を受験対策の合宿に費やした生徒達が疲労感と開放感の混ざった表情で帰り支度を始めていた。
そんな中、いつもなら誰よりも手早く支度して帰る秀才が、それまで使っていた参考書や問題集を片付けようともせずにいるので、不思議に思った友人が声をかける。

「え? あぁ、そうだな」

思い出したように返事をして、鞄に荷物を詰めていく裕樹だったが、それが終わると友人達に話を切り出した。

「あのさ・・・、この後ファミレスかファストフードでも寄らない?」

「…え?」

普段決して自分からそんな事を言い出すタイプではない裕樹の誘いに一同不思議そうに彼を見つめた。

「な、何。別に無理なら構わないけど」

自分ではそんなに可笑しな発言をしたつもりは無いので、彼らのその反応に裕樹は少したじろぐ。そんな裕樹に一人が漸く返事をした。


「いや、まぁちょうど小腹も減ったし構わないけどさ。ただ…、入江からそんな事言うの、珍しいよな」

「うん、そうそう。いつもなら俺達が誘っても、『家で食うからいい』って真っ先に断るのにさ。何、家に帰りたくないとか?」


「・・・・・・」

裕樹は思わず口ごもる。小学・中学から附属でずっと一緒のクラスメイト達。それゆえ自分の行動・性格などはよく知られているところなのであろうが、いともあっさりと家に帰りたくないという事実を言い当てられ、この場をどう切り返すか、瞬時に頭を回転させる。

「いや、実はさ。家の鍵、忘れて出てきたんだよ」

口から出まかせで裕樹はそんな事を言ってみる。勿論、鞄の中に鍵はきちんと入っていた。しかし、友人たちはあっさりと納得し、同調してくれる。

「それ、ダルイよな~。疲れて帰って来たのに家に入れなくて玄関で待つとか、やってらんねーわ」

「でも確か入江ん家のかあさんって専業主婦じゃなかったっけ?」

「旅行に行ってて夜にならないと帰らないんだよ」

「ああ、成程ね」

「じゃ、ファミレスでも行くか。粘れるし」

結論が出た面々は腰かけていた机の上から降りるとどやどやと教室を後にする。裕樹もひとつ吐息をつくと、椅子から立ち上がって仲間の後を追った。


* * * * *



思い思いに注文をし、ドリンクを選び終えて席に着いた彼らは、取りあえず喉を潤してから話を始めた。

「あーあ、一年からこんな風に勉強漬けでさ。受験まで俺達、精神もつかね」

「本当だよな。この3日間の合宿でさえこんなに消耗してるもんな」

「その点、入江はやっぱ集中力が違うよな」

「…え?」

友人たちの話を聞いているのか聞いていないのか、ぼんやり窓の外を眺めていた裕樹は、突然水を向けられて、彼らを見つめた。

「別にそんな事ないよ。なんでそう思うの?」

尋ねる裕樹に友人は屈託なく笑う。

「へー、自分では意識してなかったんだ。多分入江だけだぜ?最終日に向けてモチベーション下がるどころか、寧ろ集中力上向きで勉強してたのって」

「そうそう。お前の解説のお陰で俺、あの証明問題理解出来たもん」

「ああ、はっきり言ってあれはT氏よりもよっぽど分かりやすい説明だったよな」

友人たちは数学担当講師を揶揄しつつ、裕樹の事を褒めた。

― 本当は、昨朝の事を思い出さないように無理矢理意識を勉強へと向けたのであったが、友人たちはそんな事は知る由もない。ああだこうだとその解について論じている。話題に出てきた演習問題の事を思い出しながら、裕樹はぼそりと答える。

「それは…僕も兄貴に教えてもらったんだ」

裕樹は使い慣れない言葉を口にする。歳が離れている為、今でも家ではお兄ちゃんと呼んでしまうが、友人知人の前では極力そう呼ばないよう気を付け始めたのは、琴子が教育実習で裕樹のクラスを受け持った事がきっかけだった。

「へぇ、流石は入江さんだな」

「なぁ、それってあの有名な入江さんの事?」

一人の友人が口を挟む。

「そっか、歳も離れてるし、お前は高校からの外部入学だからあんまり知らないよな、入江の兄さんの事」

付属上がりの友人が答え、たちまち話題は直樹の噂でもちきりとなる。

「いや、嘘か真実か見当もつかないような噂なら今でも良く耳にするけど?」

「あー、それならその噂、多分全部真実だわ」

「うっそマジで?中間・期末の試験は全教科満点とか、センターで落とした点数4点だけとか」

「ああ、本当の話」

「それなのに、そのまま斗南大に進学したとか」

「それも事実」

裕樹はその様子を驚きと共に眺めていた。自分たちよりも9歳も上の人間の話が今でも伝説のように語り継がれている事に、裕樹は改めて自分の兄の凄さを再確認する。

「…じゃあさ、大学で電撃結婚したのも本当なの?」

話の成り行きを黙って聞いていた裕樹だったが、思わず飲みかけのジュースを喉にひっかけそうになる。そんな事まで語り草になっているのか――

「ああ、そうだよな?入江」

友人がニヤリと笑って裕樹を見やる。付属組は皆、琴子の事を知っている。

「そう言えば、同居してるんだよな?」

別の友人がこれまた意味深な笑いを浮かべて尋ねてくる。

「ああ、そうだよ」

裕樹は平静を装ってストローをチュッと吸った。しかしそのコップの中身はとうに氷のみしか入っていない。

「なに?お前達も入江の兄さんの嫁、知ってるの?」

「…ああ、な、入江?」

「琴子先生、元気にしてる?」

友人たちは愉しそうに笑って裕樹を見つめる。勉強を教えるには適していなかったが、その明るさは中学1年の時点で既に殺伐とした雰囲気を醸し出していたA組の雰囲気を和らげるきっかけを作ってくれた。

「ああ、元気だよ。無駄なほどね」

裕樹も少し笑う。なんだかんだ言っても義姉を心から慕っているのだ。

「なんだよ、その人、そんな強烈なキャラなの?」

少々話の中に入れない友人の言葉に皆ニヤリと笑って答えた。

「ああ、すっげー強烈。いい趣味してるよな、入江の兄さん」


* * * * *


「悪い、そろそろ俺、もう帰るわ」

一人の友人の一声が皮切りとなり、裕樹たちはファミレスを出て其々の帰路に着くことになった。

皆と逆方向の裕樹は、改札に入ると一人ホームへ向かう階段を上った。


― こんな事になるなら、さっさと家に帰った方がまだ良かったかもなぁ。

ふぅ、と大きく溜息をつく。

その後琴子と直樹の話に及んだ友人たちの会話は、思春期の男子らしい下世話な想像も織り交ぜながら展開された。彼らは決して不快になるような話し方はしなかったのだが、なにせ昨日の今日である。

ましてや、それが原因で家に帰るのを躊躇っていたのに、より一層昨日聞いてしまった会話がリアルに蘇ってしまった。全く、裕樹にとっては全く皮肉な結果となってしまった。


「― 兄貴夫婦と同居って、お前も結構苦労しそうだよな」

友人の一言が今は骨身に沁みる。

随分昔からから同居しているため、琴子の存在は本当の家族のように、居て当たり前の存在である。
家族を好色な目で見るなんて事は普通無いだろう。ましてや相手は色気とは無縁な琴子である。小学生の頃などは、それこそ同年代かそれ以下の相手に接するように琴子をからかっていた裕樹であった。
初めて琴子を女の人だと認識したのは、清里で木陰に眠る琴子に直樹がキスしている所を目撃してしまった時だったと、ふと昔の記憶が脳裏をかすめる。

あれから紆余曲折を経て直樹と琴子は結婚し、2人がひとつの部屋で寝起きを共にするようになっても、琴子は相変わらず騒々しかったし、直樹も一見するには結婚前と同じようにクールそのものだったので、裕樹はそれまでと同じように彼らに接したし、それで何ら問題は無かった。
…たまに、空気を読めずに直樹に釘を刺される羽目になった事はあるが。


しかし、昨日の朝の会話――。自分はとんでもないタイミングで家に帰ってきてしまったと、今更ながら裕樹は後悔する。
ダイニングで琴子の淹れたコーヒーを飲んでいる時、兄は終始愉しそうにしていたが、自分を見る目がいつもより少し怖かったような気がする。これはいわゆる盗み聞きというものをしてしまった罪悪感があの時の記憶を操作しているからではないかと裕樹は勘ぐってみる。

最寄の駅に到着し、腕時計で時間を確かめると時刻は9時前だった。随分と長く時間潰ししたものだ。結局夕食までファミレスで済ませてしまった。
しかし、いつまでも避けている訳にもいかない。兄の自分への態度も案外杞憂なものかもしれない。裕樹は意を決して自宅への坂道を登り始めた。





一話完結には少々長くなったので、一度こちらでUPさせていただきますm(__)m



22巻スキマ  コメント(1)  △ page top


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::拍手コメントありがとうございます
繭様
こんばんは。お仕事、凄く忙しそうですねー。お疲れ様です!
繭さんの息抜きに少しでもなっているなんて嬉しいです(*^_^*)
繭様のコメントからとうとう裕樹くんの主役話まで繋がっていきました。ありがとうございます♪とりあえず、立ち聞きした事(ほんと運の悪い(笑))を忘れるべく、一所懸命勉強に勤しんだ裕樹君です。なんだかんだで入江兄弟は頼まれると断れずに勉強を教えてあげるでしょうしね^m^
友達にはどんな質問されたんでしょう?裕樹君は純情なイメージなので、ちゃんと上手くあしらえたのか私も心配です(^_^;)
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