::ミルクティー
配付元…kara no kiss様
50音・26文字お題よりお借りしています。

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直樹と琴子がタクシーで入江家に着いた時、時刻は深夜0時をとうに過ぎていた。

杉本病院で緊急の手術を受ける事になった裕樹は、麻酔が良く効いてぐっすりと眠っていた。
それでも歳の離れた小さな彼の事を思うと枕元から離れる事が出来ずにずっと見守っていた二人に、「手術も無事終わりましたし、今夜はもうお帰りになって下さって結構ですよ」と執刀医が声を掛けた為、漸く帰宅したのである。

バイト先の制服のまま病院に駆け付けた直樹だったが、この日はそのまま琴子と共に実家へ向かった。

明日旧友の結婚式に参列する予定の両親と相原父は明後日にならなければ帰って来ない。明日も病院の面会時間開始と合わせて裕樹の様子を見に行く事になる。自室には着替えが残っているから着替えの心配は要らないし、こんな時刻ではあるが両親へ連絡も入れておいた方がいいだろう。連絡先の書かれたメモは琴子が家に忘れてきてしまっていたのでそれを確認するためにも…などと色々な理由を積み重ねてここへ帰って来た訳だが、結局のところ、一番の理由は琴子を一人にさせるのが心配だったから。

今日の琴子を放って帰る事など直樹には出来なかった。

弟の急病に対応してくれた事への感謝は勿論、何よりもあんな不安な顔で、手を、身体を震わせている彼女を見た時、いつもその姿を見ればイジワルな言葉やからかった行動しかとれない自分の身体がスルリと動いて彼女の小さな頭をかき抱いていた。

「こわかったよ」という言葉を何度も繰り返し、幼い子供のように嗚咽している琴子に思わず口にした慰めの言葉。
「もう大丈夫だよ」という科白に、琴子はうん、うん、と頷きながらも肩を震わせていた――




「― ああ、そんな難しい手術じゃなかったみたいだし、俺たちが帰る頃には良く眠ってた。明日また見舞に行くから心配しないで式に参列して大丈夫だから。― わかってる、今晩はこっちに泊る。うん、あいつなら今風呂に入ってるよ。後で言っておくから。それじゃあ切るぞ」

帰宅後、直樹は何はともあれメモに記されたステイ先に連絡をして裕樹の急病を伝えた。
端的に用件を伝え、電話を置き掛けた直樹を紀子の大きな声が引き止める。

「― なに。あ、おじさん…」

紀子の呼び止める声を面倒に思いつつ、再度受話器を持ち直した直樹は、その声の主が相原父の声だったので少し驚いた。が、改めて琴子が居てくれたお陰で裕樹が無事だったと感謝の言葉を伝えた。

「そうか、よりによってこのタイミングで…大変だったね。しかし無事で良かった。今日は琴子も少しは役に立ったみたいで良かったよ。」
相原父の、ホッとした様子が受話器越しに伝わって来る。

「…なぁ直樹くん。琴子の事なんだが― 」
少し沈黙した後、躊躇いがちに話を切り出した相原父の声は先程より固かった。

「はい、何か…?」直樹は先を促す。
すると漸く意を決したように相原父は話し始めた。

「今あいつ、どうしてるかな。落ち着いてるか?」

「― 病院では少し取り乱していました。今は…どうでしょう。少し落ち着いたとは思いますが」
直樹は正直に答える。

「そうか、それならいいんだがな…」

「……。おじさん、琴子の事で何か気になる事が…?」

納得したような、まだ何か心配ごとを抱えているような、相原父の様子にどうも歯切れの悪さを感じ、直樹は訳を尋ねたのだった――

* * * * * *


深夜をとうに過ぎた頃。交代でシャワーを浴び、浴室から出てきた直樹は、リビングにまだ灯りがあることに気付き扉を開いた。

「まだ寝ないのか」
とキッチンに居た琴子に声を掛ける。

「あ、入江くん。えへへ…なんだか寝付けそうもないから、暖かいものでも飲んでリラックスしようかと思って」

振り向いてそう答えた後、琴子は再び小鍋に目を向けた。部屋の中には温められたミルクの匂いが充満していた。

「っわ…!」
小鍋の水面が一気に上昇し、吹きこぼれた中身が火に当ってパチパチッと音がする。琴子は慌てて火を止めた。

「もう、私ったらほんとに鈍くさくてやんなっちゃう…」
泣き笑いのような表情で、誰に言うでもないように呟く琴子は、やはりいつもの琴子とは違っていた。
直樹はひとつ溜息をつくと、布巾を洗って琴子に差し出す。

「ほら、そこ拭けよ」

「あ、ありがと…」

直樹から手渡された布巾で琴子は吹き溢した個所を拭っていく。拭き終えた琴子の手から布巾を奪い取ると、直樹はそれを湯で濯いだ。

「ごめん、私また迷惑かけちゃった」

「……。牛乳を温めている時はかき混ぜながらじゃないと膜の下で泡が膨らんで一気に吹き零れるんだよ。ホットミルクでも作ってるのかと思ったけど、違うみたいだな」

布巾を絞りながら直樹は小鍋を覗いた。その中にはミルクの残骸と共に茶葉が入っていた。

「う、うん。あのね、ロイヤルミルクティーを作ろうかと思って。でも失敗しちゃった」

琴子はそう言いながら小鍋の中身をコーナーに捨てた。カウンターには紀子の紅茶の本が拡げられている。直樹はそのレシピにざっと目を通すと別の小鍋を用意した。

「…入江君?」

「葉っぱ貸せ」

「え、う うん」

「牛乳も出して」

琴子から紅茶の缶を受けった直樹は手際よくレシピ通りに作業を進める。やがてまろやかな色の紅茶が出来上がった。
直樹はそれを2つのカップに注ぐとひとつを琴子に手渡した。

「砂糖は?」

「あ、じゃ…2つ」

「……。ほら」

「あ、ありがとう。あの…入江君も飲むの?」

「…。俺が作ったのに、飲んじゃ悪いか?」


「め、滅相もない…!い、いただきます…」

「ああ、どうぞ遠慮なく」

直樹は琴子の脇をすり抜け、さっさとソファへ移動した。琴子もそれに習って隣に座った。


「ふぅ…コーヒーも好きだけど、紅茶もやっぱり美味しいな」

「珍しいよな、お前が紅茶淹れるのって」

直樹はリビングに入った時に思った事を漸く口にする。

「うん。時々無性に飲みたくなるの。子供の頃ね、眠れなくって起き出した時なんかに、お母さんがよく作ってくれたの。『これ飲んだらすぐ眠れるよ』って言って。それでかな、今でも寝付けない時欲しくなるんだ。コーヒーだと目が冴えちゃうしね」

「…。紅茶もカフェイン入ってるから睡眠の妨げになるはずだけど」

「え、そうなの?私はてっきり、紅茶は眠くなる飲み物とばかり思ってたよ。お母さんもそう言ってた気がする…」

「…プッ」

「え?い、今入江君、わらった?」

「いや…お前のお母さんも勘違いが多かったっぽいなって。血は争えないな」

琴子の勘違いの多さのルーツを垣間見た気がして直樹は少し笑った。

「うっ …でもそうかも」琴子もつられて少し笑った。


「…今日はありがとな。怖かったよな」
唐突な直樹の優しい言葉に琴子は意表を衝かれ、直樹を見た。

「…ううん、大丈夫。裕樹君が無事で本当に良かった。入江君が教えてくれたお陰だよ。私だけだったら、どうしていいか分かんなかった」
カップを持つ手が震えそうになり、持ち手をぐっと握る。思い出すと再び恐怖が戻ってきそうだった。

直樹はスッとそのカップを受け取るとテーブルに置いた。

「…お前のお母さんが倒れた時も、お前一人だったんだってな」

「え、なんで… 」

「さっき電話でおじさんから聞いた」

「お父さん…。そっか。…ほら、うちってお父さんが板前だから、夜どうしてもお母さんと私2人になる事が多かったの。だから、お母さんが倒れた時も私しか居なくて。お父さんのお店に必死で電話したんだけど、あとはどうすればいいのかほんと分からなくって…あの時は参ったな」

「小さい時だろ。仕方ないよ」

「…うん。実はあの時の記憶は途切れ途切れなんだ。」
この時だけじゃ無いけど、と笑いながら琴子はもう一度テーブルに置かれたカップに手を伸ばす。

「ミルクティーを飲むとね、お母さんと過ごした時間を思い出すの。そしたら優しい気持ちになって落ち着くんだ…。一緒に飲む時、いつも私の分には砂糖を2つ入れてくれた。甘くて大好きだったんだけと、今飲むと甘過ぎるね」

「だろうな。こっち飲めば」

「えっ で でもこれ、入江くんの飲んだ///」

「嫌なら無理にとは言わないよ」

「そ、そんな訳…!///あの、いただきます…」

琴子は直樹のカップを受け取り口にした。

「あ…おいしい。」

「お前も舌ぐらいは大人になったって事か」

「なっ 私だってこう見えてもちゃんと色々大人になってきてるんだから!」

「ふ~ん、じゃ、試してみる?」

「えっ?」

「大人、なんだろ?舌とか、色々」
そう言って直樹はニヤリと笑うと、じりじりと琴子に近付いて見せる。

「えっ え~~!!?」
琴子はドギマギしながら後ずさりする。

「あの、大人って言ってもそんな意味では///!!それに、こういうのは私からよりも入江君の方からリードしてくれる方が嬉しいし…」

「ぷっ」
いつも期待を裏切らない琴子の反応に直樹は吹き出す。

「もっ///もう!またからかったわねーー!!」
顔を真っ赤にして直樹の胸に降ってきた琴子の拳を直樹は軽々と受け止め、くすりと笑う。

「いつも同じ手に引っ掛かるお前がバカだよ」

「な、なんだか納得いかない――わっ…!」

琴子の反論は宙に浮く。病院で初めて受けた抱擁のように、琴子は今、直樹の胸の中に抱かれていた。

「い、入江君///?」

「…少しは元気出た?」

「あ、あの…」

「お前のお母さんが作った紅茶と同じようには落ち着かないかもしれないけど。でもお前はその頃とは変わっているし、そのお陰で裕樹も俺たち家族も助けられた。だから、いつもみたいに早く元気出せよ」

「う、うん…!入江君にそんな風に言われたら私、直ぐに元気になるよ……!!」

「ふっ それは良かった」
そう言って直樹がその腕の力を解こうとした時、琴子が直樹のパジャマをギュッと掴んだ。

「あっあの、図々しいのは承知でお願なんだけど///もう少しこうしていてほしいな、なんて…。あの頃お母さんによくこうしてもらったの。そしたら凄く落ちつけたから」

「ったく。しょうがねーな」
直樹はそう言って、幼い子供にするように、琴子を抱きながらその背中を手でポンポンとしてやった――


それから暫くしたリビング。

「…ほんとに寝ちまいやがった……」
直樹は自分の胸の中で寝息をたてている琴子に溜息をつく。
その寝顔は安心して眠る子供そのものだったので、直樹は溜息を吐きつつ、その身体を持ち上げた。

「ったく、重さは子供じゃねーな」
そう言いながら、直樹は琴子を寝室に運んでいった。






裕樹君が倒れた時、初めて優しかった直樹を更に優しく仕上げてみました(*^_^*)
この頃に、こんな優しい直樹はありえなーいと思いながらもやっちゃいました(苦笑)

イタキスでミルクティーってお題は難しかったです(笑)


6巻スキマ  コメント(4)  △ page top


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::拍手コメントありがとうございました!
Fox様

こんばんは。もうもう、本当にありがとうございます。次々に届くコメントに私、すっかり舞い上がってしまっていました!!

そうなんです。この時期にしてはストレートに優しい直樹を書いてしまったんです(^_^;)
でもFoxさんが仰る通り、直樹は元々はとても優しい人だと思います。(琴子限定!!)だから、こんな隙間があってもいい!と思って頂けると嬉しいなぁ…と思いながら書いていました。
共感して頂けたようで嬉しいです。こちらこそありがとうございました!
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::拍手コメントありがとうございます
なおき&まーママ様
こんばんは!いらして下さってありがとうございます!!m(__)m
もう仰る通り、イタキスといえば「コーヒー」。なのにこのお題サイト様の指令は「ミルクティー」・・・(^_^;)さてどうしようか…と、このお題については挑戦当初から悶々とネタが降りて来るのを待っていました。そして、なんとか…ここならいけるか?と思える個所を発見。忘れないうちに書かせて頂いた次第です。
私の発想となおき&まーママさんのお考え、全く同じ流れでした!(きっと紀子ママなら茶葉もばっちり取り揃えているだろう…とか、悦子さんがコーヒー・紅茶の類の淹れ方だけはわりと上手だったのでは?とか(^^))
そして・・・ありましたね。直樹が琴子にコーヒーを淹れてあげるシーン。実はその事も思い描きながら書いていました。さすがなおき&まーママさん!色んなシーンに精通していらっしゃる!と思いました♪
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::拍手コメントありがとうございます
御礼が遅くなって申し訳ありませんでしたm(__)m
いつも励みになっています。ありがとうございます!!


まあち様
こんばんは。うぅ、凄くありがたいお言葉ありがとうございます!!こんかい、ミルクティーをこの場面で使おうと決めた際に、もう一度6巻を読みなおしましたのですが、私、その時に初めて涙が出たんです。ここのシーンをこんなに感情移入して読んだのは初めてでした。あとがきに、「ありえない」と書きましたが、本音は「ありであってほしい」だったので、まあちさんの絶対のお言葉に救われました。そうですね、もしかすると琴子、幼いころから看護師さんの姿に大きく影響を受けていたのかもしれないですね。そうかも…って思いました。こちらこそ。本当にありがとうございました。

繭様
こんばんは。わぁ、タイミング的にどんぴしゃだったんですね。繭さん親子の姿が目に浮かびました。何気ない日常が…という所、私もそう思います。過ぎ去った時や、ふとした瞬間に気付かされるんですよね。今回の直樹、一番優しいですか?うん、そうかもしれません。なんていうか…人として。ひねくれた所はありますが、心根は初めから優しいですものね。自分で書いていて何ですが、私もこの大変だった一日が、最後に優しい夜になって良かったと思います(^-^)

藤夏様
こんばんは。藤夏さんにもありと言って頂けて、私本当に嬉しいです!!ちゃんと原作の遠洋のように描けていたとのお言葉、恐縮です。原作のその後は、その日の優しかった直樹を思い出してニタニタしていましたから(笑)、もうひと押し優しい直樹があったとしてもいいかな…と書いてしまった次第です(^_^;)この頃の2人の関係って、友人と恋人でもない微妙な関係で…もしかしたら、家族って言葉が一番近かったかもなんて思いながら私は書いていました。ミルクティーは飲まれましたか?以前、クリームシチューの時にも食べたくなった言って頂いて、その時も嬉しかったですが、今回も撮っても嬉しかったです(^^♪

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